第21章 謁見前に
前編 墓参り
ルナたちは客人のための棟に案内され、部屋に荷物を置いた。ルナの謁見は明日の夜。一日以上時間があった。王都にいる間はビアンカがルナたちを世話してくれる。彼女も幼馴染みとして、気兼ねなくルナたちのそばにいることができた。
王邸の豪華な昼食をご馳走になり、自由な時間ができると、ルナはビアンカとともに墓参りに出掛けた。賑やかな商業通りの花屋で墓に供える花を買い、王邸裏の災禍霊園へ向かった。
霊園は低木に囲まれ、町の喧騒は遠く、一面に敷かれた芝の上に、故人の名前が刻まれた灰色の墓石が物言わず並んでいた。霊園の真ん中には、弔いの鐘の塔が、細く凛と立ち尽くしている。所々に色鮮やかな花が手向けられていて、花弁が呼吸をしていた。
ルナも父と姉の墓に花を供えた。墓石の前に横たわっている棺には、火に焼かれてしまった二人が眠っている。熱かっただろう、痛かっただろう、恐かっただろう、そんなことを思うと、胸が詰まった。
ルナに付き添ってきたビアンカは、失ったものこそ何もないものの、自分自身が二の腕に大きな傷を負った。みんな平気な顔をして過ごしているように見えて、何かしら吐き出せない悲しみを持っていた。
ルナとビアンカが墓石を見つめていると、霊園の入り口からアルミスが歩いてきた。
「ルナさん、ビアンカさん」
墓参りには気乗りでなかったようなアルミスは、いつも通り穏やかに微笑んで、ルナの父と姉の墓に祈りを捧げた。
「アルミス、祈りを捧げに来たのか?」
アルミスは首を横に振って笑った。
「そうではないですよ。どうせここに来たって、僕に残されているものは何もないですからね。お二人の姿が見えたから来ただけです」
「エンデルはどうした?」
「エンデルさんなら休んでますよ。お疲れになったみたいですから」
「私、一度戻ってエンデル君の様子を見てこようかしら。何か不自由しているといけないから」
ビアンカが言うと、アルミスは手を振った。
「必要ないですよ。ただ昼寝してるだけですし。変に気を遣うとエンデルさんも落ち着かないでしょうから、そっとしておいてあげて下さい」
アルミスは墓石を見下ろして静かに言った。
「エンデルさんも、生死の分からない弟のために祈るつもりはないと言っていますし、ああ見えて、色々と思うところがあるんだろうなぁ」
エンデルの家族もまた、災禍によって悲しみに満たされた一家だった。エンデルのたった一人の弟はあの災禍で行方不明になり、町中を引っくり返して探しても、とうとう見つからなかった。まだ四歳の幼さだった。生きているのか死んでいるのかも分からない中、家族は希望を持って待つべきなのか、諦めてしまった方がいいのか、判断できないまま時間だけが過ぎていった。弟がいなくなった衝撃や両親の不安定な気持ちは、エンデルにも深い影を落とした。心に鍵を掛けたまま幼少期を過ごしたエンデルを、誰も責めることはできない。
「僕はどうなんだろうなぁ。確かに家族を亡くしたことはショックだけど、三人の兄さんたちは意地悪で、おもちゃもおかずも何でも横取りされたし、父さんは単身赴任、母さんはやんちゃな男四人兄弟に手を焼いて、くたくたに疲れてたし。誰かが生き残っていたとしても、上手くやっていけてたのかな。……ちょっと、自信がないなぁ」
アルミスは弔いの鐘の塔を見上げた。
「王都やカロニアは、僕にとって悲しみが多すぎます。普段は忙しくて忘れてしまっているけれど、こうして落ち着いて考えてみると、やっぱり――」
ルナとビアンカも弔いの鐘を見上げた。
「アルミス君」
霊園に吹く微風の中で、ビアンカは言った。
「神様は、私たちに褒美も罰も与えません。ただ地上で起こっていることを、黙って見守っていらっしゃるだけなのよ」
アルミスは力が抜けたように、微笑を浮かべて頷いた。
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