4 満月と魔脈
もうじき満月になるので、ルナは念のため、頭痛薬と精油灯を用意した。クランテと魔脈を繋いでから初めて迎える満月で、ノクスが初めて魔脈の効果を体感するタイミングでもある。ノクスもルナもエクラも緊張の面持ちで満月の日を待った。ノクスは直接月の光に当たりたがったが、体調を崩すといけないので、今回は居間で数時間過ごすだけに留めておく。
その満月の当日、ノクスは緊張で落ち着きがなく、ずっと居間のソファーに座っていた。ちらちら窓を見て、空の様子を窺う。その日に限って日は長く、月はなかなか出ないように思われた。ノクスが焦燥の色を見せると、エクラもルナもピリピリした。
ノクスが柔らかい光の魔法に気が付いたのは、夕方だった。どこからか白い光の糸が流れてきて、ノクスの右手に纏わりつく。ルナとエクラにも糸が見えたようで、エクラは、わぁ、と声を上げた。
「綺麗ね。これがクラちゃんの魔力?」
「そのようだな」
ルナも目を輝かせて白い糸を眺めた。
目を閉じると魔脈を通してクランテの気配を感じた。白金の髪、心の強さ、はにかんだ笑顔。魔脈が繋がった日、淀みなく受け入れたクランテの人格が、再び滔々と流れ込んできた。
『月の光はあなたの味方です。大丈夫。恐くありません』
クランテの魔脈はそう教えてくれていた。魔脈が包む右手から、身体中に安堵が満ちていった。
ああ、きっと大丈夫なのだとノクスは確信した。目を閉じて深呼吸をすると、心地が良かった。
夕食も終わり、夜はどんどん更け、空には満月が輝き始めた。森にも月光が注いでいることがはっきりと分かる。時折身体中がぞくぞくしたが、倒れてしまうほどの頭痛は起きなかった。
「ノクス、気分はどうだ?」
ルナはちょくちょく声掛けをしながらノクスの様子を伺った。
「大丈夫。平気だよ」
「クランテの魔力が、ノクスを守ってくれているんだな」
ノクスは頷いた。魔脈の糸が、ノクスの右手をふんわりと包んでいる。
「こんなに体が楽になるなんて思わなかった。魔脈って、凄いんだな」
「油断をしてはいけないよ。魔脈はお互いの信頼関係がないとすぐに切れてしまうし、力のバランスが崩れると相手を襲いに掛かる。クランテのことを心から信用していないと、魔脈を維持することは出来ないよ」
ノクスは頷いた。ルナは感心するように微笑む。
「魔脈を繋ぐのはもっと時間が掛かるかと思っていたんだが、お前たち二人は本当にお互いを大切に思っているんだな」
「そうなのかな」
「その魔脈が証明している」
「……だったら、嬉しい」
ノクスは目を閉じて、魔脈の温もりを感じた。満月の恐怖が解れ、胸がじんわりと癒えていった。肩が楽だった。
寛いでいるノクスを見て、エクラは溜め息を吐いた。
「何だか羨ましいな。そこまで信頼できる相手がいるなんて」
ルナはにっこりと笑った。
「そのうちエクラにもそういう相手が現れるよ」
「そうだといいけどなぁ」
エクラは頬杖を付いて、何もない中空へ視線を漂わせた。
九時になってもノクスは落ち着いていたが、事前の取り決め通り、居間で過ごすのはほどほどにし、地下の部屋へ戻っていった。ルナが用意してくれた頭痛薬と精油灯もお守り代わりに持っていく。
部屋へ戻り机の上で精油灯を灯すと、柑橘の香りが漂った。
クランテは南の町で元気にやっているだろうか。ノクスはクランテの笑顔を思い出した。「あなたに会えて、本当によかった」そう言ってくれたことを思い出した。
ノクスは右手に絡まる魔脈を見た。なぜクランテがここまで魔脈を望んだのか、今のノクスにならよく分かる。
人生が変わった。そう感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます