第19章 森の日常
1 迎え
王都からシスリアの迎えが来るまで一週間。ルナはシスリアが小屋に留まっている間、魔力の基礎を教えた。小さい頃のノクスを教えていたときのように、ゆっくりと魔力の概念を教えていく。ルナが子供に魔力を教えるとき、最初に言うことは決まっていた。
「シスリア、お前の体の中には炎の魔力が宿っている。その魔力はね、お前と友達になりたくてお前の体にやって来たのだよ。私の手を握ってごらん」
ルナはそう言ってシスリアに手を差し出し、ぎゅっと握らせた。
「私の手は暖かいだろう?」
「はい」
「その暖かい魔力が、お前の中には眠っているんだよ」
「そうなんですか? ちっとも知らなかったです」
「お前の体内には聖獣モクリも宿っているそうだな。私は魔力がないので姿は見えないが、気配は感じるよ。とても元気で無邪気な聖獣だね」
「私の体の中にあのかわいい子が入ってるんですか?」
「そうだよ。お前の魔力が可視化された姿だ」
「凄いですね。私、全然知らなかったです」
シスリアは自分が魔法使いであることをほとんど自覚しなかった。繊細だったノクスと違い、シスリアはのんびりしている。起こってもいないことを心配して用心する、ノクスにとっての長所でもあり短所でもある性質は、シスリアには当てはまらない。目の前のありのままを、じっくり観察し、呑み込んでいく、素直な少女だった。彼女なら、ある日突然自分の手から炎が出ても、案外すんなり受け入れるような気がした。
その覚醒が、ヒューゴのときのような大きな炎でなければいいがと、ルナは心配した。下手をすれば、シスリア自身や周囲を傷つけかねないし、大きな災禍にもなりかねない。
「シスリア」
ルナはシスリアの手に自分の手を重ねた。
「炎の魔法はとても危険だ。人を傷つけるかもしれないし、建物を焼くかもしれない。用心するんだよ」
「大丈夫です」
シスリアはにっこりと笑った。
「だって、魔力は友達だから」
笑ったシスリアを見て、ルナも微笑んだ。ルナの教えた通り、魔力を友達と思えたのなら、魔力も暴走しないだろう。一生覚醒しない可能性もあるが、覚醒したらしたで、よい魔法の使い手になりそうな気がした。
「いいか、魔法の覚醒は自分が危険な目に遭ったときに起こりやすい。気を付けるんだよ」
「はい!」
そんな話をしている間に王都からの迎えが来た。シスリアの母と一緒に来た王都の巡査はシスリアを連れ去ったあの男を聴取するために町へ行き、シスリアの母は小屋へ残ってルナから魔法の説明を受けた。シスリアの母も娘の魔力には気が付いていなかったようで、とにかく、娘が無事だったこと、浚われた理由が分かったことで、安堵をしたようだった。シスリアも母に会えて安心したようで、今までのんびりけろりとしていたのに、母に抱きついた途端、大粒の涙を流した。二人を見ていると、ルナも王都の母を思い出して胸が詰まった。
翌朝には巡査も森に戻り、シスリアたちは王都へ帰ることになった。
「みなさん、本当にお世話になりました」
シスリアの母は深く頭を下げた。シスリアも母を真似て頭を下げながら言った。
「ルナ先生、エクラさん、ノクスさん、助けてくれてありがとう。私、まだ自分が魔法使いだなんて信じられないけど、王都へ帰っても勉強を続けます。ありがとう、みんな。さようなら」
「元気でな、シスリア」
「また遊びに来てね!」
「魔法の相談ならいつでも乗るよ」
三人も思い思いに別れの言葉を告げた。
シスリアは王都の巡査の馬車に乗り、小屋を後にした。
「あの子を助け出せて、本当に良かった」
彼女たちを見送りながらルナは呟いた。エクラも「そうね」と言って頷く。
ノクスは自分と同じ魔法使いの境遇の子を、懐かしいような目で見送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます