7 ノクスとクランテ
王都との連絡はすぐに付き、王都の巡査やシスリアの家族が彼女を迎えに来ることになった。それまでシスリアは小屋へ居候をする。
クランテと老執事は一晩だけ小屋へ泊まる。よく躾けられた良家の娘らしく、クランテは甲斐甲斐しく小屋の手伝いをした。雨降りの日に思いがけず泊まることになったあの時と違い、ノクスもクランテもお互いを避けたりはしなかった。
夕食が済むと、二人はみんなのいる居間を抜け出し、玄関先に並んで座り込んだ。遠い空にちらちら星が出ていたが、ノクスは星の光を恐れなかった。
ノクスとクランテはお互いの手のひらを出し、夜の闇の中で向かい合わせた。二人の手のひらの間に、白い糸と黒い糸が艶やかに流れた。
「これが魔脈なのですね」
二人の柔らかな心を見透かすように、二本の糸はゆっくりと闇の海に揺蕩っていた。ぼんやりと光の粒を纏って輝いている。
「綺麗だね」
「はい」
二人の瞳も魔脈の輝きに照らされていた。二人が魔脈の糸を解いても、魔力の温もりは消えなかった。
「ノクス様……いいえ、ノクスさん、星の光に当たっても大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だ。いつもなら、頭が痛くなるのにな」
「油断をなさらないで下さい。わたくしたちは、まだ一本しか魔脈を繋いでいません」
ノクスは胸一杯夜気を吸い込み、木々の向こうに見える小さな夜空を見上げた。一粒、二粒、夜空を飾るように、星が灯っている。
「星を見るなんて、どれくらいぶりなんだろう」
クランテもノクスの隣で夜空を見上げた。彼女の白金の髪が、空気の中の微かな光を吸い込むように輝いていた。彼女が何か綺麗な匂いを纏っていることも、ノクスは初めて気がついた。クランテの気配が淀みなく自分の体に流れてくる。こうも容易く他人を受け入れられることが、不思議で仕方なかった。
「ノクスさん、わたくしは、夜が来るのが恐かった。一人で布団に包まって、生きるつらさに耐えることが苦しかった。でも、もう恐くない。――恐くない」
ノクスの魔力は魔脈を通し、夜の闇とクランテとを繋ぐ役割を担っていた。クランテは夜の闇を恐れている。ノクスの魔力は『この闇はあなたの味方だよ。大丈夫だよ。恐くないよ』とクランテに囁いて勇気付けている。ノクスが星の光を恐れないのも、同じ理由だった。ノクスは光の呼吸を知り、クランテは闇の呼吸を知った。少しだけ、生きることが恐くなくなった。
「クランテ、本当に、俺で良かったの?」
ノクスはぽつりと訊ねた。クランテは星空を見上げたまま、はい、と返事をした。
「あなたの闇の力は、とても優しい……。あなたと出会えて本当に嬉しかった。ノクスさん、ありがとう」
「俺の方こそ、ありがとう。君が来てくれなかったら、俺は、こうして星を見ることすらできなかった」
「ごめんなさい。わたくし、ノクスさんの気持ちも知ろうとせずに、魔脈を繋いで欲しいなんて我儘を言ってしまって」
「俺の方こそごめん。君のこと、どう受け止めたらいいのか分からなくて」
「よいのです。わたくしは、ノクスさんと仲良くなれて、本当に嬉しい……」
彼女の見せた笑顔はノクスの胸の奥に染み込んでいった。
翌朝、クランテと老執事は南の町へ帰っていった。今回はみんなで見送りをする。
「クランテ、魔脈が繋げて良かったな。気を付けて帰りなさい」
「ルナ様、ありがとうございます」
「クラちゃん、また来てね」
「はい、エクラさん」
ノクスも進み出て彼女に言葉を掛けた。
「クランテ、本当にありがとう。感謝してる」
クランテは艶やかな瞳で可憐に微笑んだ。
「わたくしの方こそ、ありがとう。あなたに会えて、本当に良かった」
二人は微笑んで頷き合った。
森に降る光のベールに包まれながら、クランテたちは小屋を後にした。
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