第18章 リーダー
前編 グリニディアの仮説
ルナが森で襲われたことをリーダーに手紙で知らせると、リーダーからは『異常はないが、おかしなことが起こったので今度そちらへ寄る』と返事があった。
その手紙の通り、リーダーはすぐにエンデルの小屋に来た。二匹の猫のうち、ジェントルは穏やかに尻尾を揺らしてリーダーを出迎えたが、レディーは逃げるように二階へ上がってしまった。
『ゴードン、よく来たね』
リーダーは筋肉質の硬い腕を伸ばして、ソファーに行儀よく座るジェントルの顎を撫でた。鋼のような大柄の男が小さなやわらかい猫を愛でるのは不釣り合いのようにも見えたが、リーダーは含羞もなく堂々と猫を撫でた。
「もう一匹の猫はどうした?」
『レディーなら二階に行っちゃったよ』
「愛想のない猫だな」
『レディーはああ見えて人見知りするんだよ。ごめんね、ゴードン』
そんなやり取りをしていると、横から、ずいと、家主のエンデルが顔を出した。
「お前も部屋を出ろ、ジェントル。今から大事な話をするんだ」
『分かったよ、エンデル』
茶色の縞模様の猫は不貞腐れるわけでもなく大人しく飼い主の言いつけに従い、するすると部屋を出て行った。
リーダーは今まで猫が座っていたところへ、筋肉だらけの巨体をどっかりと沈めた。
「ルナの具合いはどうなんだ」
「もうぴんぴんしてるよ。治った途端、口が達者になってどうにもならない」
リーダーは喉の奥から、かかか、と笑った。
「そりゃ大変だな。で、ルナを襲ったのは誰なんだ?」
「それはまだ分からない。狙われた理由だってさっぱり」
「呪い焼けの深化は?」
「腹一面やられたって聞いた」
「ほう、まだまだ甘ちゃんだな」
「そりゃあ、リーダーに比べれば……」
エンデルはリーダーの首や二の腕に見える痣のような呪い焼けを見た。世界中を旅し、危険なことにもしばしば遭うリーダーは、上半身ほとんど全部を呪い焼けに覆われていた。体力があるせいか深化があってもけろりとしている。一週間も寝込んだルナとは大違いだった。
「……いや、リーダーの方がおかしいんじゃないのか? そこまで呪い焼けが進んだのによく生きてられるな」
かかか、と、リーダーは面白そうに笑った。
「ヘビーな毒を飼い慣らすのも、なかなか楽しいもんだ」
「……どうかしてるぜ」
「耳に穴を開けまくるお前さんに言われたくはないな」
エンデルは心の中で舌を打った。
「で? 手紙に書いてあったおかしなことって何だよ」
「それなんだがな」
リーダーは前屈みになり、声を潜めた。
「絶海近くの隠れ里で疫病が流行った。誰も見たことのない、謎の病だった。だが、王都から来たという医者が薬を出した途端、疫病は収まった。おかしいと思わないか? 誰も知らない病なのに、一発で治せちまう治療薬があったんだぞ」
「グリニディアの仮説を証明するかもしれない案件ってわけか」
「そうだ。元からあの場所は疫病が流行りやすいんだが、同じことがちょくちょく起こっているらしい。世界中のどんな薬を投与しても駄目だったのに、王都の医者が持ってくる薬だけはどんぴしゃで当たる。薬の研究が王都で格段に進んでいるという説もあるが、未知の病に対する薬を研究などするものか? 俺は詳しくないんでよく知らないんだが」
「薬の研究が進んでいるのは王都などではなくグリニディア」
「俺たちの仮説通りだとすればそういうことになる。――口を滑らせるなよ、エンデル。これはあくまで俺たちの二人だけの仮説だ。当たっていようがいまいが、世の中を乱すようなことは避けなければならない。アルミスにもビアンカにもルナにも、内緒にしているのはそのためたんだからな」
エンデルはピアスを光らせながら静かに頷いた。
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