5 魔脈を繋ぐ

 小屋の近くでエクラとともに控えていたクランテは、すぐにノクスからの合図を感じ取った。

「合図が来ました」

「クラちゃん、よろしく」

「はい」

 クランテは指先から糸のように滑らかな導きの光を放った。水の中に揺らぐようなその糸は、二本、四本、十本と、少しずつ細やかに絡んで纏まっていき、ノクスのもとへ飛んでいった。

 闇の中にいるノクスとシスリアは、その光の糸に体を包まれた。

 ノクスの目の前に、一際眩しく輝く太い糸が流れてきた。見つめているだけで、クランテの体格や髪の色、彼女の声まで感じるようだった。

――まさか。

 ノクスはその特別な糸に手を伸ばした。

――まさか、これが『魔脈』?

 糸はノクスの目の前で、囁き掛けるように光の粒を放っていた。優しく、あたたかい光だった。

 ノクスは少しずつ手を伸ばしていき、その糸に触れた。

――もっと強く握って下さい。

 はっきりと、クランテの声が聞こえた。

――分かります。ノクス様の気配が、はっきりと分かります。さぁ、わたくしがお二人を引き上げます。強く握って下さい。

 ノクスは白く輝く糸を握った。恐くも冷たくもなかった。

 遠く離れた二人の胸に、魔脈が繋がったのだという確信が走った。

 ノクスはシスリアの手を握ったまま叫んだ。

「引け、クランテ!」

「はい!」

 二人は目の前で会話をするように、声に出して意思疏通をした。

 ノクスとシスリアは強い風に引っ張られ、思わず目を閉じた。荒れ狂う風の中、ノクスは気配を消す闇魔法を自分たちに掛け、次に、迷いの闇魔法・コスモスを放った。うねるような暴風に揺さぶられ、二人は闇の先に渦巻く光の洪水の中へ飛ばされていった。

 ノクスを呑み、強力な闇の魔力を得た魔力中毒の男は、突然周囲に闇を張られ、身動きが取れなくなった。まるで宇宙空間にいるかのように体が浮き、周りには星のような点の輝きが散っていた。男が辺りを見渡すと、視界の果てに、光の渦が見えた。彼は導かれるように、その光の渦の方へ歩いていった。その光の先には町の巡査が待ち構えている。闇の魔術に掛かり、ノクスの示した方へふらふらと歩いていく痩せた男を、ルナは見送った。

「私の最後の情けだ。お前のことは忘れないよ」

 ルナの言葉があの男に届いたかどうかは分からない。

 風が止み、ノクスとシスリアは目を開けた。重い荷物を下ろしたように体が軽かった。目の前にはルナがいた。

「二人とも、大丈夫か?」

 ノクスは頷いた。

「俺たち、帰って来たんだな」

「闇の魔法の打ち方は完璧だった。よく頑張ったよ、ノクス」

 小屋の方から、エクラとクランテも走ってきた。

「ノクス! ノクス! 無事で良かった!」

 エクラは泣きそうな顔をしていた。

 そのエクラの背後から、クランテも顔を出した。ノクスはもう、クランテを恐れなかった。自ら彼女に歩み寄り、礼を言った。

「助けてくれてありがとう、クランテ」

「いいえ。ご無事で何よりです」

「繋がったんだな、魔脈」

 クランテは目尻に滲む熱い涙を拭いながら頷いた。

「ありがとう、ノクス様。わたくしは、とても嬉しい……」

「――あのさ」

「はい、何でしょう」

「もう、俺のこと、『様』って呼ばなくてもいいよね。魔脈で繋がったんだし」

 クランテは少女らしい可憐な笑顔を浮かべ、白金の髪を揺らしながら頷いた。

「それでは、これからはノクスさんとお呼びします」

「うん」

 魔脈で繋がったノクスとクランテは、誰にも脅かされることのない、純真な視線を交わした。

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