4 作戦始動

 朝になり、ルナとノクスは連れ立って森へ出た。森の中には魔力中毒の男の気配が漂い、明らかにルナたちを誘っていた。

 二人が足を進めていくと、朝日に打たれた白々とした森の奥で、男が木の幹に凭れて二人を待っていた。帽子の下に隠された頬がやつれている。赤紫色の目を光らせて、彼は二人を見た。

「これはルナ様、そして、闇の魔法使いさん」

 彼は痩せた体を幹に預けたままにして、あの上辺だけの丁寧な言葉遣いをした。

「お久しぶりです。私のことを、覚えていて下さったのですね」

 ルナはノクスを庇うように一歩前に出て、男を見据えた。

「お前を忘れたことはなかったよ。見れば見るほど憐れだね。そんなにやつれてしまって」

 彼は笑った。

「同情して下さるんですか。どうもありがとう、ルナ様」

「お前が呑んだ炎の魔法使いは元気にしているようだな」

「ええ。とても元気ですよ。ですが、彼女の力は弱い。正直、こんなちっぽけな魔力では物足りない。闇の魔法使いさんを連れてきて下さるとは、貴女の情けですか?」

「そんなに闇の魔力が欲しいのならくれてやってもいいが、これ以上魔力を啜ると命と引き換えになりかねないぞ」

「それでも私は魔力が欲しい。とても美しい魔力だ」

 彼はノクスに向かって右手を伸ばした。ノクスが身構えた途端、渦を巻いたような激しい風が吹き、その風が一筋の太い塊になって、ノクスを巻き込んだ。男の右手から黒い漏斗状の靄が現れたと思うと、息をする間もなくノクスは体を引っ張られ、その漏斗状の靄の中へと吸い込まれていった。覚悟していたこととは言え、やはり目の前でノクスが吸い込まれていく様は、見るに耐えなかった。

 ルナは男から目を逸らし、ぽつりと呟いた。

「お前は本当にかわいそうだよ。二人は必ず返してもらう」

 魔力中毒の男に取り込まれたノクスは、何も見えない漆黒の闇の中に立っていた。静かに神経を研ぎ澄ましていると、あたたかい、炎の気配を感じた。ノクスは気配のする方をじっと見た。暗かった闇が、ぼんやりと赤く、明るくなっていく。その灯りの中に、一人の少女が蹲っていた。ノクスよりも幼い、十一、二歳と言ったところか、そんな年頃の少女だった。彼女は突然現れたノクスを見て驚いている。ノクスは彼女に駆け寄った。

「君だね、この男に取り込まれた子って」

 少女は呆然とノクスを見た。

「あなたは誰?」

「俺はノクス。君をここから出すために来たんだよ」

「ノクスさん? 私はシスリアです。――あっ!」

 シスリアはノクスの先に視線をやって、ぱっと明るい顔になった。ノクスも彼女の視線を追うと、小さなリス型の聖獣がふわふわと飛んでいた。顔も体も丸い尻尾までリスそっくりで、背中には蝶のような羽根が生えていた。赤く光って闇を照らしている。

「まさか、聖獣モクリ?」

 ノクスが驚いていると、シスリアは慣れた手付きで小さな聖獣を抱き締めた。

「それ、君のモクリなの?」

「え? 私の子なんですか?」

「モクリは魔法使いに宿る聖獣の名前だけど……」

「?」

 シスリアは首を傾げながらリス型聖獣のモクリを撫でていた。

「モクリを宿す魔法使いなんて滅多にいないはずなんだけど……本当にいたんだ……」

 シスリアには何の話なのか分からないようで、モクリと無邪気に遊んでいる。ノクスは気を取り直してシスリアに訊ねた。

「ここにいるのは、君とモクリだけかい?」

「はい。他には誰もいません」

「それなら、もうここを出よう」

「出られるんですか?」

「もちろんだよ。そのために俺がここに来たんだ。さぁ、はぐれるといけないから、手を繋いで」

 脱出の準備ができたという合図を送るため、ノクスは糸のように細長い闇の魔法を放った。

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