6 見舞い

 ルナは翌日も問題なく目を覚ました。わずかながら首や指先も動かせるようになった。

 エンデルが見舞いに来たのはその日の夕方だった。ルナが目を覚ましたことを知ると、彼はほっと安堵の息を吐いた。

 開け放った窓から夕暮れの柔らかい風が吹いてきた。

 ルナはベッドに横たわったままエンデルを迎えた。彼は気難しい、少し怒ったような顔をしていた。

「エンデル、来てくれたのか……」

「エクラから手紙をもらったからな」

「悪いがまだ体が動かない。このままで勘弁してくれ」

 エンデルはベッド脇の椅子に座り、ルナの顔を覗き込んだ。

「お前、何があった? 誰に襲われたんだ。心当たりはないのか?」

「残念ながら心当たりはない。私にも何が起こったのか、よく分からない。だが、あの男は色々呟いていた。私を殺して体だけどこかへ連れて帰ると言っていた」

「連れて帰るって、どこへ?」

「分からない。誰かへの当て付けのようだったな。あの男、誰かに捨てられたとか言っていたからな」

「誰かへの当て付けのためにって、何でお前が狙われたんだ」

「心当たりはないが……そう言えば、あの男は言ってたな。護身の呪いを受けた私を殺して、自分を捨てたあの人のところへ連れて帰ると。護身の呪いを受けたことで狙われたと言うのなら、もしかしたらリーダーも……」

 ルナの言おうとしたことが、エンデルにも分かった。

「お前と一緒に護身の呪いを受けたリーダーも、同じ目に遭うかもしれない、もしくはもう遭っているかもしれないってことだな」

「何か手掛かりを知っているかもしれない」

「分かった。俺から連絡しておく」

 エンデルは腕を組んで溜め息を吐くと、椅子の背凭れに背中を預けた。

「お前な、どうしてもう少し慎重になれなかった?」

 ルナは苦笑いをした。

「すまなかった」

「馬鹿だよ、お前……」

「エクラにもそう言われた」

「無事で良かったよ、ルナ」

「うん、ありがとう、エンデル」

 ルナは天井へ目をやると、深い溜め息を吐いた。

「今思うと、恐かったな。蔦のようなものが束になってこちらに向かってきて、あっと言う間に縛られて、ぐいぐい体を縛られているうちに、背後の木に叩きつけられて……。よく無事に帰って来られたものだと自分でも思う。あの時、首から血が出ていなければ、私は本当に殺されていたのだろうな」

 エンデルもまた、ルナを失うかも知れなかったのだという証を見せられたようで、冷ややかな恐れを感じた。今目の前にいるルナは、確かに誰かに命を狙われたのだ。元気でいられるのは当たり前のことなのではなく、ただ運が良いだけなのだ。目の前にいる人が、いつまでも目の前にいてくれるとは限らない。昔から知っているこのルナという存在が、霞のように儚い人のように思われてならなかった。

 ルナは布団の中でもぞもぞと手を動かした。

「エンデル……」

「どうしたんだよ」

 エンデルは布団を捲ってルナの手を握った。

「エンデルがあの時言ったこと、やっと分かった気がする。解毒剤が私の一部だと言った、あの言葉の意味が」

「分かんなくて良かったんだよ。急にどうした」

「エンデル、来てくれてありがとう。少しでいいから、エンデルの頬を撫でたい」

 エンデルは目頭が熱くなるのを堪えながら、ルナの手を自分の頬に当てた。熱い、柔らかい手だった。

「ありがとう。私は、とても嬉しい」

 ルナはいつも通り、穏やかな、優しい微笑みを浮かべた。

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