第16章 町の役人

前編 取り立て

 ルナの具合は日増しに良くなっていき、目覚めから一週間もすると、もう自由に小屋の中を歩き回れるまでになった。顔色も機嫌も良く、呪い焼けの悪化もなかったので、トロス医師もほっと胸を撫で下ろし、町へ帰っていった。見舞いに来たエンデルは知り合いに預けた猫二匹を放っておくわけにいかず、一晩で帰っていった。

 ルナは居間のソファーで読み物をしたり、ノクスとエクラにお茶を入れたりしてゆっくり過ごしていた。

 昼食の後片付けを終えソファーで寛いでいると、使い烏のクレーが足に手紙を括り付けて、こつこつと窓を叩いた。町の役所からの手紙だった。ルナはクレーにご褒美の果物をやると、手紙を開いた。

『住民税の支払いがまだ済んでおりませんので、明日、徴収に伺います。』

 ルナは、ああ、そうかと苦笑いをした。家主のルナが倒れたことで住民税を払うどころではなく、滞納してしまったのだった。

「ルナ、手紙?」

 エクラがひょっこり顔を出した。

「そうだよ。住民税をまだ払ってないから、明日取り立てに来るそうだ」

「もしかして、あのネズミさんが来るの?」

 二人は出っ歯で吊り目のひょろっとした男を思い浮かべた。

「ああ、シュターが来るんだろうな。明日は思い切りもてなしてやろう」

「はい!」

 出っ歯のシュターはどこかの名家の息子らしかったが、傲慢な態度でどこへ行っても厄介者扱いされ、最後に辿り着いた職が役所とのことだった。

 シュターは翌日、後輩役人を引き連れて意気揚々と小屋へ乗り込んできた。

「黒魔女のルナぁ、シュター様が来てやったぞぉ! はっはっは! 住民税滞納とはいい度胸だなぁ! さぁ、金を寄越しやがれ!」

 彼は細身の体にぶかぶかのスーツを着込み、左手をポケットに突っ込んでいた。右手はお金を受け取るために鋭くルナに突き出されている。

 ルナはにこにこと機嫌良くシュターたちを出迎えた。

「遅れてすまなかった。これが約束のものだよ。わざわざ来てもらって悪いね」

 シュターはずいずいと顎を突き出してルナに凄んだ。

「茶は用意してあるんだろうなぁ?」

「もちろんだ。休んでいってくれ」

「へへっ、ありがたく頂いてくぜぇ」

 シュターはお茶の用意してあるテーブルへ、文字通りすっ飛んでいった。用意した菓子に遠慮なくがっついている。彼の後輩役人は大きな溜め息を吐いた。

「ルナさん、ご迷惑お掛けしてすみません。急いで徴収するものでもなかったんですが、あの人、ここのお茶やお菓子をどうしてもご馳走になりたかったみたいで」

「そんなにここのもてなしが好きなのか。光栄だよ。ロンニーも食べていきなさい」

 若役人は頭を掻いた。

「嬉しいんですが、僕たちは勤務中ですし、早く帰らないと。先輩、帰りますよ!」

 後輩のロンニーが何を言おうが、シュターは聞く耳を持たなかった。

「はぁ、僕、もっと優しい先輩が欲しかったです。あんな意地悪な先輩、うんざりしちゃいますよ」

「ロンニーも大変だな。お菓子は包んであげるから、後でこっそり食べなさい。それならいいだろう?」

「ありがとうございます。ルナさんだけですよ、僕にこんなに優しくしてくれるのは」

 ルナは包んだ菓子をこっそり若役人に手渡した。

「もとはと言えば、私たちが払うべきものを払わなかったからいけなかったんだ。迷惑を掛けたのは私たちの方だよ。すまなかった」

「いいんですよ。それよりルナさん、この前のおばあちゃんの件、近いうちに聴取したいそうなので、そっちの方もお願いします」

「分かったよ。手間を掛けてばかりですまないね」

 後輩役人ロンニーはルナとの話が終わると、出っ歯のシュターを無理矢理引っ張って、町へ帰っていった。

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