4 弟子の奮闘

 ルナの容態は良くも悪くもならなかった。首の傷より深刻な呪い焼けも、右脇腹から左脇腹、そして、胸の下から下腹部まで――それ以上の範囲に広がることはなかった。ルナは青白い顔のまま三日間眠り続けている。血はやはり強毒化していて、解毒剤も今のままでは使えるかどうか怪しかった。蔦の中からルナを救い出し、首の手当てをしたノクスとエクラは、解毒剤の効果とともに、日頃から注意すべきことをルナに学んでいたことで難を逃れた。ルット老医師やトロス医師では、対応しきれなかったかもしれない。

 普段から頼りにしている師が倒れ、二人の弟子はもがくように日常を送らなければならなかった。何気ない会話も交わせない。ちょっとした相談事もできない。ノクスとエクラは闇の中に放り出されたように呆然としつつ、トロス医師にも協力してもらいながら、いつも通りの生活を心掛けた。若い二人が戸惑いの中でどうにか小屋の生活を守ろうと奮闘する姿を、トロス医師も見守った。

 看病も四日目の午後、ルナを見守っていたエクラが突然あっと声を上げた。

「トロス先生、今、ルナの瞼がちょっと動いた!」

 エクラはそう言って、穴の空くほどルナの顔を見た。トロス医師もじっと見守っていると、確かに、痙攣したような動きが瞼に走った。

「ルナ、エクラだよ、分かる?」

 エクラがルナの手を握って呼び掛けると、今度は指先がぴくりと動いた。

「先生! 手が動いたよ!」

 エクラは大声で叫んだ。

「意識が戻ってきてるのかもな」

「本当!?」

「もう少し呼び掛けてやれ」

 エクラはルナの耳元に呼び掛けた。

「ルナ、エンデルさんに手紙を書いたよ。ルナの一番好きな人。お見舞いに来てくれるって言ってたよ。寝顔もいいけれど、元気な姿を見せてあげてね。――あたしもルナに会いたい。ノクスも、ずっと心配してるよ。内気な子だから表には出さないけれど、すごく寂しそうな顔してる。早く、元気になってね」

 エクラの呼び掛けに呼応するように、ルナの右手の人差し指が小さく跳ねた。

 もうじき目を覚ますだろうとトロス医師は見込んだが、そこからまた二日、進展なくルナは眠り続けた。話し掛ければ反応すると分かったので、エクラはどんな小さなことでも語り掛けた。

「ルナ、今日はいい天気で風が気持ちいいよ。呪い焼けは広がってないから安心してね。首の傷もちょっとだけ良くなったかな。今日はノクスがチーズオムレツ作ってくれたのよ。ルナにも食べさせてあげたかったなぁ。絶品だったのよ。それからね、薬草も採ったし、製薬もできるところまではやってあるし、何も心配することないからね! あ、そうだ、ちょっとだけ窓開けようか」

 そう語り掛け、窓を開けようと立ち上がったときだった。

「…………ああ…………」

 ルナの口から微かに声が漏れた。

「えっ、ルナ?」

 エクラは慌てて顔を寄せたが、ルナはもう何も言わなかった。エクラは今自分が聞いた声を信じていいのかどうか分からなかった。

 その不安な疑問がはっきりとした答えになったのは、就寝前、ノクスがルナに「おやすみ」と言ったときだった。

 ――あ――う、と、消えそうな霞んだ声で、ルナは確かに言葉を発した。

 ノクスとエクラは顔を見合わせた。

 客室に控えていたトロス医師も二人の報告を受けてルナの部屋に急いだ。

 ルナはまだ眠っている。眠っているが、目覚めは近い。トロス医師は今度こそ確信した。

「まだ油断はできないが、ルナは少しずつ毒と和解できているようだ。上手く懐柔できたら、きっと目を覚ます。諦めないで話し掛けてやれ。ルナはお前たちの言葉をちゃんと聞いてる」

 ノクスとエクラは初めて心の糸が切れたような気がした。微かな安堵に触れて、胸が震えた。もう少しで目を覚ますかもしれない。やっと二人の胸にも希望が射した。

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