3 深化

 ルナを小屋まで運び、首の手当てが終わった頃、トロス医師が到着した。エクラから説明を受けたトロス医師はすぐに深刻な顔をしてルナを診察した。首以外に目立った外傷はないが、ルナは真っ青な顔をしてぴくりとも動かない。トロス医師はエクラに命じた。

「エクラ、呪い焼けを見てくれ」

 エクラはルナのワンピースの釦を腹の部分だけ外すと、開いた隙間からそっと肌を見た。

「――あれ?」

 エクラは慌てて胸元の釦も外し、合わせを開いた。

 エクラもノクスもトロス医師も、ルナの腹一面、ただならぬ大きさに広がった呪い焼けを目の当たりにし、息を呑んだ。今まで無事だった左の腹まで炭のように黒かった。

「そんな……嘘でしょう、ルナ……」

 エクラは力なく首を振ってルナの手を握った。

 トロス医師は小さく舌打ちをした。

「危険から身を守るため、体内の毒を強くしたようだな。こんなに急激に呪い焼けが広がるとは……」

「ルナはどうなるの? 死んじゃうの? そんなの嫌」

 トロス医師は厳しい顔をした。

「……しばらく意識は戻らないかもしれないな。それから、今までの解毒剤ではもう解毒が間に合わないかもしれない。新しい解毒剤を作った方がいいだろう。――エクラ、ルナの服を戻してやれ」

 エクラは涙を拭ってルナの釦を閉めていった。

「トロス先生、ルナは本当にしばらく目を覚まさないんですか?」

 ノクスが訊ねた。

「そうだろうと思う。急激に毒が強まったから、ルナ自身もこの毒と戦ってるんだ。自分の毒を受け入れるために、時間をかけてゆっくり向き合ってるんだ」

「命に別条はないのですか」

「分からない。はっきりしたことは何も言えない。俺も呪い焼けの深化なんて初めて見たからな」

 エクラはルナの腹に突っ伏して嗚咽を漏らした。ルナの手を強く握っている。

「エクラ」

 トロス医師はエクラの肩を叩いた。

「泣いてる場合じゃないぞ。お前、何のためにルナの診察に立ち合ってきたんだ。しっかりしろ」

「でも……」

 トロス医師は体を屈め、エクラと目線を合わせた。

「ルナの毒のことを一番分かっているのは俺たちだ。ルナを助けたいだろ?」

「はい」

「町で留守番してる親父に必要な道具を持ってきてもらうから、お前も看病を手伝え」

「はい」

 エクラはトロス医師の手伝い、ノクスは連絡係になった。日頃親しくしているルナの知人のもとへ手紙を飛ばす。

 トロス医師はルナが目覚めるまで小屋に留まることになった。

 ルット老医師も夕方前に小屋に着き、青白い顔をして眠っているルナを見て嘆いた。

「ルナ様……おいたわしや……」

 ルット老医師は弟子の二人にも気遣いの言葉を掛けた。

「エクラさん、ノクスさん、大変なことになりましたな。私どもも、お助けできることは何でもお手伝いいたします。さぁ、あまり落胆をなさらないで。お二人がそんな顔をしていると、ルナ様もお気になされますぞ」

 二人は頷いた。

 なぜルナがこんな目に遭ったのか、ノクスにもエクラにも心当たりがなかった。ノクスの張った闇の魔法はいつの間にか破られ、困惑しているうちに、使い烏のクレーが鳴き騒いで二人を呼びに来た。クレーに連れられ北の洞窟まで行ってみると、あの有り様だ。

 やはりあの時、無理を言ってでもルナを引き留めた方が良かったのだろうか。

 二人の弟子は後悔していた。エクラは溢れそうになる悔し涙を堪えた。

 経験したこともない大きな試練が二人にも訪れていた。

 ルナが目を覚ますまで、無事に意識を取り戻すまで、弟子の二人は力を合わせて、この悲しみと衝撃を乗り越えなければならないのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る