第15章 ルナの危機

1 竜神の忠告

 ふわふわした柔らかな気配を感じ、ルナは目を覚ました。まだ夜明け前で外も部屋の中も暗かった。ただルナの目の前だけが白い光に満たされて、優しさに包まれていた。夢うつつで白い光を見ていると、光の中から獣が出てきた。大きな獣だった。口が長く前に突き出し、目は吊り上がり、二本の角を持っていた。ルナは少しずつ意識を取り戻していき、はっと気が付いた。目の前にいるのは竜神だ。長い体を巻いて宙に浮き、ルナを見下ろしている。ルナは体を起こそうとしたが、少しも動かなかった。声も出なかった。竜神は髭や背びれを揺らしながらルナに語り掛けた。

 この森に悪意が満ちている。ルナに害をなす悪意であり、これまでにない試練が訪れるだろうと、竜神は忠告した。

 また、この試練は序の口であり、本当の試練はもう少し先にあると告げた。ルナの心を大きく抉る、辛い出来事らしかった。この役はルナにしか担うことができないが、周囲の人々に助けられるだろう。そんなお告げだった。

 ルナはぼんやりと、竜神の声を聞いていた。

――もうじきお前も『本当の名前』を知ることになるだろう。その時が来たら、よく聞いてやるがよい。『本当の名前』を――

 そう言い残して竜神は消えた。窓の外は僅かに夜明けの群青色に染まっていた。再び眠気に襲われ、ルナは目を閉じた。

 日が昇るともう体も動き、声も出た。

 竜神の忠告通り、部屋の中にまで、毒霧のような不穏な気配が漂っていた。ルナは身なりを整えて部屋を出たが、並大抵ではない悪意に心まで呑み込まれそうだった。

 居間へ下りるとやはりノクスも落ち着かないようで、エクラとともに神経質な顔をしていた。エクラはルナの顔を見ると不安げに挨拶をした。

「ルナ、おはよう。ノクスがね、変な気配がするから下手に動かない方がいいって言うの」

「やはりノクスにも感じたか」

 ノクスは頷いた。

「こんなに禍々しい気配、感じたの初めてかもしれない」

 ノクスは戸惑うようにうつむいた。

 森のどこかに何かがあるのだ。確かめに行かなければならない。

「ノクス、エクラ、私は森の様子を見てくる。二人はここに残りなさい」

 ノクスはソファーから立ち上がって首を横に振った。

「行っちゃ駄目だ、ルナ。危ないよ」

「危ないのならなおさら見に行かなければならない。放っておけばこの小屋だって無事では済まないかもしれない」

「俺も一緒に行く」

「駄目だ。お前はここに残り、エクラと小屋を守りなさい。帰る場所がなくなっては困るからな」

 そう言ってルナはいつものように微笑んだ。

「じゃあせめて、闇の魔法を張らせてくれ」

 ルナはにこりと笑って頷いた。

「いいよ。よろしく頼む」

 ノクスもエクラもルナを送り出すことに不安があった。お守り代わりに闇の魔法を張ったが、これで本当にルナを守り切れるのかは分からなかった。エクラも堪らず口を出した。

「ねぇ、ルナ、お願い。念のためにトロス先生を呼ばせて。あたしも、何だか嫌な予感がする」

「トロス先生のご迷惑にならないのならお願いしなさい」

 エクラはルナの胸に抱き付いた。

「無理しないでね」

 ルナも優しくエクラを抱き返し、頭を撫でた。

「大丈夫だよ。行ってくる。二人とも、留守を頼むよ」

 二人はいつものようにしっかりと頷くことができず、弱々しく首を縦に振った。

 不穏な気配を感じまま、ルナはいつになく危険な森の中へ飛び出していった。

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