後編 フィーリーと出会った日

 今夜は妖精フィーリーが泊まりに来る日だった。エクラは胸を高鳴らせてフィーリーの篭を枕元に用意した。

 森の生活に憧れてこの小屋へ移り住みたいと駄々をこねたとき、ルナも家族もなかなか首を縦に振ってくれず、本格的に森の生活を始めるまでには数年掛かった。今思えば周りの大人たちに随分無茶な頼みごとをしたが、大人たちはエクラの様子を見ながら、森で生活をさせてもいいかどうか、ずっと検討していたのだった。ノクスの両親が週に一度小屋へ様子を見に来たように、エクラの家族も週に二度は代わる代わる様子を見に来た。週末にはいつも実家へ帰った。

 この森に来てしばらく経ってから、エクラは妖精のフィーリーに出会ったのだった。

 珍しく眠れない夜で、布団の中からずっと窓の外を見ていた。そのうちに、不自然にちらちら輝くものが空を飛んでいることに気付き、エクラは体を起こしてがらりと窓を開けた。空を飛んでいた妖精も驚いて振り向き、エクラとフィーリーは視線を交わした。そして、すぐに友達になった。フィーリーはその晩、眠れないエクラのためにずっと枕元に留まり、エクラが眠るのを見守った。朝、目を覚ますとフィーリーはいなくなっていたが、夜になるとまたエクラの部屋へ来て、色々と話し相手になってくれた。心強い友達ができ、エクラは嬉しかった。

 フィーリーと出会ってから十年、今でも大切な友人だった。

 エクラはベッドに座り、フィーリーが来るのを待った。しばらく待つと、コツコツと窓を叩く音がした。喜んで振り返ると、窓の外でフィーリーも笑顔で手を振っていた。

「こんばんは、エクラ! いらっしゃったわよ!」

 フィーリーは元気にエクラの部屋へ飛び込んできた。

「いらっしゃい、フィーリー。待ってたのよ。例のもの、用意してたんだから!」

 エクラは机の引き出しに隠していた包みをフィーリーに差し出した。

「もしかして、この前約束したおやつ?」

「そうよ。開けてみて」

「わぁ、何だろう!」

 フィーリーは机にぺたんと座り、包みを開けた。硬いものではなく、何か柔らかいもののようだった。中から出てきたのは、フィーリーの背丈ほどもある円盤のふわふわ菓子、ホットケーキだった。

「わぁ、これなぁに? 美味しそう!」

 エクラはナイフでホットケーキを小さく切ると、ミニチュアの皿に乗せて、フィーリーに差し出した。

「ホットケーキよ。どうぞ、食べてみて」

「いっただっきまーす!」

 フィーリーは口を大きく開けて、ふわふわホットケーキを思い切り頬張った。

「こ……これは、美味しい! 甘い! 素敵ねぇ」

 フィーリーはリスのように頬を膨らませてもぐもぐ一生懸命食べていた。

「喉に詰まらせないように気を付けてね」

 ホットケーキの皿の横に、水も用意した。あっという間に皿を空っぽにしたフィーリーは、水まで美味しそうに飲み、満足そうに言った。

「ごちそうさま! 凄く美味しかったわ!」

「よかったぁ、喜んでもらえて。また作るね」

「うん!」

 フィーリーは無邪気に頷いた。

 二人は布団に入り、いつも通り、消灯後の語り合いをした。

「あたしね、フィーリーと友達になったときのこと思い出したの。なかなか眠れなかったときにフィーリーがそばにいてくれて、嬉しかった」

「そうそう。あのときはね、びっくりしたのよ! この小屋にはルナしか住んでないはずなのに、女の子がいるんですもの。本当に驚いたわ」

「あたし、二十歳までしかこの小屋にいられないから、あと三年で卒業かぁと思うと、寂しいの。フィーリーにも、なかなか会えなくなっちゃう」

「あたしも寂しい。ずっとここにいてほしい」

「……寂しいけれど、あと三年、たくさん話そうね」

 フィーリーはエクラの首元に頬を寄せると、うん、と小さく頷いた。

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