第14章 妖精たちのいる日常
前編 雨の日の客人
森にはあたたかい雨が降っていた。ルナは穏やかに鳴る雨音に耳を傾けながら、植物図鑑を読んでいた。外に出る仕事はできないので、みんなそれぞれに小屋の中でできることをして過ごしていた。ノクスとエクラはグレイビ老師への課題をこなしている。今日は外からの日差しがない分、部屋の灯りが平坦だった。ルナがページを捲っていると、出窓からコツコツと、雨音ではない何か硬い音がした。そちらを見てみると、いつもお茶会に来るひねくれ妖精のうちの一人・ネブが、雨の中、大きな葉っぱを傘にして、窓を叩いていた。ルナは窓を開け、ネブを中に入れた。
「どうしたんだ、こんな雨の中。濡れてるじゃないか」
ルナはハンカチでネブの肩を拭いてやった。
「ああ、薬屋のお姉さん、聞いとくれよ。アタシゃ、腰が痛くってねぇ、夜中ずっと我慢してたんだけど、もう限界でねぇ。痛みの和らぐ薬はないかね」
三人で来るときには天の邪鬼でも、一人のときは案外素直だった。ネブは顔を歪めながら腰をさすっている。
「怪我でもしたのか?」
「そうじゃないんだよ。何もしてないのに痛くってねぇ」
「分かったよ。合いそうな薬を持ってくる」
ルナは製薬室へ入り、飲み薬と塗布薬を出した。
「ネブ、そんなに強いものではないんだが、痛み止めの塗り薬と飲み薬だよ。塗り薬を塗るから、腰を出してごらん」
「悪いわねぇ」
ルナは綿棒に薬をつけると、小さな腰に塗っていった。
「くすぐったいねぇ」
「すまない。すぐ終わるよ。さぁ、これでいい。飲み薬も飲んでおこう」
ルナは妖精用のコップに一滴薬を垂らして水で薄め、ネブへ出した。
「ありがとねぇ」
ネブは出された薬を一気に飲んだ。
「ネブ、雨も降っているし、少し休んでいかないか?」
「あら、いいのかい? ありがとねぇ」
ルナは人形用の玩具のベッドと布団を出窓に出すと、ネブを寝かせた。
「気持ちがいいわねぇ。本当に寝ちゃったらどうしようねぇ」
「一時間ほどしたら起こすよ。安心して寝てくれ」
「あら、嬉しいわねぇ。じゃあ、お言葉に甘えて」
ネブはそう言うと、喜んで布団に包まった。
部屋にはまた雨音が響いた。森の植物も水を吸って、膨らむように大きく成長するだろう。夏になり、緑が映え、一年で一番瑞々しい景色になった。息を吸うだけで緑の息遣いを感じる。土もじっとりと濡れて匂いを放っている。
ルナは本を読むのをやめてお茶を入れ、自室で勉強をするノクスやエクラに届けた。自分も居間に戻り、ソファーでゆっくりとお茶を飲んだ。雨の森に出るのは禁忌なので雨粒と戯れることもかなわないが、透き通った雨粒が森の植物を遊具にして遊ぶ情景を、ルナは雨音の中で思い描いた。
のんびりしていると、ネブと約束した時間になった。
「ネブ、体の具合はどうだ?」
眠っているネブにそっと声を掛けると、ネブはうんうん唸り声を上げながら眠りから覚めた。
「あら、もう時間なの?」
「うん、もう時間だ。腰はまだ痛むか?」
「ああ、そう言えば、さっきより楽になったねぇ」
「気分は悪くないか? 吐き気はないか?」
「平気よぉ! すごく気分がいいわ!」
ネブは大声で笑った。
「それはよかった。薬、もう一回分あげるから、どうしても堪えられないときは使ってくれ」
「薬屋のお姉さん、本当にありがとうねぇ」
ちょうど雨も上がった。ネブは薬を受け取ると、雨後の森へ飛んでいった。
出窓からネブを見送るルナの鼻先に、屋根から垂れた雨粒が二、三粒、光りながら落ちていった。
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