5 ピアスと解毒剤
レディーとジェントルの食事を見守り、ソファーで休んでいると、仕事の終わったエンデルが戻ってきた。
「ルナ、悪かったな。助かったよ」
「いいんだ。二人とも、かわいいな」
ルナは幸せそうに二匹の猫を撫でていた。猫たちはルナにぴったり寄り添って丸まっている。
「作り置きで悪いんだが、鍋にシチューがある。パンもあるから先に食べててくれ。俺は油の匂いを落としてくる」
「ありがとう、エンデル」
エンデルが出ていくと、ルナは遠慮なく食事をもらった。エンデルが戻ってくるまではレディーとジェントルがルナのそばにいてくれたが、飼い主が戻ってくると、猫たちは疲れたと言って、二階の部屋に行ってしまった。ルナが風呂に行っている間にエンデルも食事を済ませ、やっとソファーに座って一息ついた。
「ああ、疲れた」
エンデルは腕をソファーの背凭れの上に伸ばし、首を反らして溜め息を吐いた。
「大変だったな、エンデル」
ルナはエンデルの背後に回ると、彼の硬い肩を指でぐいぐい押した。
「ああっ、いたっ! いてぇよ!」
ルナはいたずらっ子のようにくすくす笑った。
「働き者の、いい肩だな」
力を緩めるとちょうどいい加減になったようで、エンデルは黙って肩揉みを受けた。背後から改めてエンデルの耳を見ると、無機質のピアスが本当に耳たぶや軟骨を貫いて、何か慰めのように光っていた。
「このピアスだらけの耳は、機械が好きなお前の性質を、最も端的に表した部位に見えるな。いつかこの耳が機械仕掛けになったとしても、私は驚かないよ」
エンデルは自虐的な薄笑いを浮かべた。
「……ルナ、お前は本当に人を癒すのが上手いよ」
「そうかな」
ルナはゆっくりと彼の肩を揉んでいった。
「俺は……十年ぶりにお前に再会したとき、もうお前に会うのはこれで最後にしようと思ってた。――でも、いつからかな。解毒剤もまた、お前の一部だと思うようになったのは」
「解毒剤もまた私の一部、か……」
「時々考えるよ。お前が毒の体だからこんな気持ちになるのか、毒じゃなくてもこんな気持ちでいられたのか、どっちなんだろうってな」
「今さら何を言う。毒のない私など私ではない。そんなものは別人だ」
エンデルは突然体を捻ってソファーから身を乗り出すと、解毒剤を忍ばせたルナのワンピースのポケットを布地ごと掴み、唇が付くほど彼女に顔を寄せた。
「お前がそう言い切ってしまうのなら、やはり俺にとってこれは、お前の一部だよ」
エンデルはポケットの布地に包まれた解毒剤の瓶を、力一杯握った。
ルナの旅は大抵一晩で終わる。南の町に留まった棟梁夫婦との約束もあるので、ルナは夜が明けると、猫二匹の遊び相手をしながら出立の準備をした。
『ルナ、必ずまた来てね』
ジェントルはほっそりした尻尾を揺らしながら名残惜しそうに言った。
『第一配下のルナ、この小屋に永遠に留まりなさい』
レディーも彼女らしくルナを引き留めた。
エンデルは二輪駆動の手入れがあるので出立の時間までルナとは顔を合わせなかった。全ての準備が整い、小屋の外に出たところで、ようやくエンデルは見送りに現れた。
「エンデル、ありがとう。世話になった」
「気を付けて帰れよ」
ルナは小さく頷くと、エンデルの頬を指の甲で撫でた。エンデルはくすぐったそうにルナの手を握ると、ふと安らいだ笑顔を浮かべた。この小屋にいる間、エンデルがそんな笑顔を浮かべたのは、このときだけだった。
「元気でな、エンデル」
「ああ、お前もな」
二人は手を離して別れた。一度帰路についたら、もう振り返らないと決めている。前を向いて、町の方へ歩いた。
町で落ち合った棟梁夫婦の計らいで、森への帰り道は、少し遠回りをすることになった。
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