4 エンデルの秘密

 いつの間にか猫とともに眠っていたルナは、空が暮れ始めたころに目を覚ました。膝の上では白猫のレディーが気持ち良さそうに眠っている。隣にいたジェントルはいつの間にかいなくなっていた。

 いつもとは違う匂いがした。ノクスもエクラもいない。女幽霊のレムやひねくれ妖精たちも、この森にはいない。窓からの日の射し方も違う。調度品も何もかも、エンデルに染まった小屋だった。

 ルナはローブを外して折り畳むと、白猫のレディーをひと撫でし、ローブの上に寝かせてやった。

 応接室の窓を開けると、外から微かに金属を叩くような音がした。この小屋の周りのどこかから聞こえてくるようだった。

 ルナはエンデルの忠告をそっと胸に仕舞い込み、小屋の外へ出た。金属音は時折叫ぶように辺りに鳴り響いている。小屋の裏手に回ると、納屋の扉が開いていた。金属音はそこから響いていた。

「――ジェントル、そのレバーだ」

 エンデルの声も聞こえた。

 そっと中を覗くと、ルナは思わず立ち尽くした。ルナの影が納屋の中に伸び、入り口から背を向けていたエンデルも、思わず振り向いた。

「ルナ――」

 立ち尽くすルナの目の前には、黒く塗装された二輪駆動が佇んでいた。この世にはないはずの、高度工業品だった。

「――二輪駆動……?」

 二人は探るような視線を交わした。

「――お前、そんなもの持ってたのか」

 ルナの疑問を浴びながらエンデルは作業に戻り、床の木枠に置いた黒いゴムの輪に体重を掛け、金属の輪に嵌め込んでいった。

「これは俺の二輪駆動じゃないよ。あの太ったオヤジのものだ。この前メンテナンスをしてやったばっかりなのに、今度はパンクをしたからタイヤを交換しろと言いやがった。いい迷惑だよ。誰も修理できる人がいないと言うから面倒見てやってるのに、すぐ粗末にしやがる」

「あの人はどこでこんなものを手に入れたんだ」

「さぁな。裏のルートが色々あるんだろ。今見たことは他言するなよ。報告書にもわざと書かなかったんだから」

 ルナは無言でうなずいた。二輪駆動はまだ誰もその存在を知らないはずの代物だった。高度な工業品として創作物語の中で架空のものとして描かれたりもするが、実物が目の前にあることを信じる人はいないだろう。誰にも言ってはならない秘密を持っているのはルナも同じだ。森の住人として、秘密の重さは痛いほどよく分かっている。

『エンデル、もうそろそろごはんの準備をしないと、レディーが怒るよ』

 棚に乗って作業を見守っていたジェントルが、しっぽを揺らしながら言った。

「あとは空気を整えるだけだよ。それが終わったら行く」

「ジェントル、私でよければ準備をしようか?」

 ルナが申し出ると、そこまで客人にさせるのは気が引けるとでも思ったのか、エンデルが呆れた溜め息を吐いた。

「ルナ、そんなことまで……」

「いいんだ。この子たちを待たせたら可哀想だ」

 エンデルはゴムを嵌め込む道具を持ったまま、重い溜め息を吐いた。

「いいか、ジェントル。お前たちの食事の準備をしてもらうだけだ。それ以上客人の手を煩わせるなよ」

 ジェントルはこっくりと頷くと、ルナの腕に飛び込んだ。

『私が手伝うよ、ルナ』

「ありがとう、ジェントル。今日のごはんは何なんだ? ご馳走か?」

『普通のごはんだよ』

 ジェントルを抱いて立ち去ろうとするルナの背中に、エンデルは呼び掛けた。

「ルナ、お前、俺の言いつけを守らなかったな。外へ出るなと言ったのに」

 ルナはエンデルに背中を向けたまま、微かに頷いた。

「うん、守らなかった。すまない」

 ルナはそう言い残すと、小屋へ戻っていった。

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