2 応接間の会談

 エンデルはいつの間にかレディーの第百配下にまで格下げされたらしく、到着早々ルナを笑わせた。彼は黒い半袖のシャツを一枚着ただけのあっさりした身なりだったが、耳にはピアスがいくつも光り、痛々しいほどだった。昔ほどではなくなっても、無機質なものを体に飾る趣味は健在のようだった。

「またピアスを増やしたな。七つ目か。どこまで増やす気だ?」

 ルナが定期報告書をエンデルに手渡すと、彼は長い指でページを捲りながら乾いた返事をした。

「さぁな。はっきり決めてるわけじゃないよ。突然飽きて全部止めちまうかもしれないし」

「骨まで穴だらけじゃないか」

「いいんだよ。耳さえ虐めてれば俺は満足なんでね」

 エンデルはページを捲りながら眉間に皺を寄せた。

「ルナ、これ何番で書いた?」

「六番だ」

「アルミスの奴、調子に乗って山ほど暗号作りやがって」

 そう毒づきながら、机の上に用意していた暗号書を片手に、ルナの報告書に目を通した。エンデルもまた自分の書いた定期報告書をルナに渡したが、やはり暗号で書かれているので、読むのも苦労する。詳しく目を通すのは後にして、二人は見出しだけを読んだ。

 南の森もまた身を隠すには格好の場所とみなされるのか、色々な旅人が通るらしかった。滅多にあることではないが、ルナの森に立ち寄った人が南の森にも立ち寄るようなこともある。逆も同じだった。今回の報告書の見出しを見る限りでは、重複する客人はいないようだった。

 ルナは報告書を閉じると、エンデルに一つ頼み事をした。

「エンデル、お前には少し心に留めておいてもらいたいことがあるんだが」

「何だ」

「報告書にも書いたが、私の森に、魔法使いを呑んだ妙な男が来た。炎の魔力を持った少女を捕らえている。いつか助けなければならないと思っているが、行方が分からない。ノクスのことも狙っていたからまた私の森にも来るんだろうが、この森と私の森はそう遠くもない。何か心当たりがあったら連絡が欲しい」

「覚えておくよ」

 そんな話をしていると、玄関に繋がる扉から、がりがりと何かを削る音がした。

『エンデル、お客さんだよ』

 ジェントルに呼ばれ、エンデルは扉を開けた。

「こんなときに客って誰だ」

『いつもの人』

「またかよ」

 エンデルは眉間に皺を寄せて舌打ちをした。

「ルナ、悪いが少し待っててくれ。客人の相手をしてくる」

「私のことは気にしないでくれ」

 エンデルは手を上げて謝意を示し、玄関の客人を出迎えに行った。

『ぎにゃああん!』

 扉が開いたのを目ざとく見つけた白猫のレディーが、鉄砲玉のように飛んできて、ルナの膝に座った。

『ああ、とてもよいです。あなたの膝は柔らかくってとてもよいです。第百配下のエンデルの膝なんて木の枝のように堅くって――あれはいけませんわ。わたくし、好きませんわ』

 ルナはにこにこ笑ってレディーの艶々した背中を撫でた。

「エンデルはいつの間に第百配下にまで成り下がったんだ? よっぽどレディーに酷いことをしたのか?」

『わたくしのことをモップ猫だなんて呼ぶからです、ふぎゃあ!』

「確かにあれは酷いな。レディーはこんなに美人な猫なのに」

『さすが第一配下のルナ、よく分かっているわ。もうずっとこの小屋にいなさい。そうしてわたくしの椅子になりなさい』

「そうしたいのは山々なんだが、私も色々と忙しくてね。許してくれ、レディー」

 レディーはルナの手に頬を擦り付けてとろけるように甘えた。ジェントルもいつの間にかルナの隣で背中を丸めて座り込んでいた。

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