第13章 ルナとエンデル

1 エンデルの森

 ルナは仲間たちへの定期報告書を書いていた。他人に知られてはならない情報も時折書かなければならないので、普通の文字では書かない。報告書のナンバリングによって九種類の暗号を使い分ける。ルナはアルミスの書いた暗号書を見ながら記述を進めていった。

 次にルナと定期報告会をするのはエンデルだった。南の森に小屋を建て、二匹の猫とともに暮らしている。今回は木こりのおかみに留守を預け、ルナがエンデルの森へ行く。一晩で行ける距離だった。時間が少ない中、ひたすら暗号と睨み合いをし、どうにか出立に間に合った。

「ルナ、エンデルさんによろしくね」

「気を付けて」

 二人の弟子に見送りの言葉をもらい、ルナは出立した。

 ルナの旅には木こりの棟梁夫婦も同行する。森の中は歩くしかないが、町へ出れば牛車がある。地図で見ればアルミスのいる北の山と距離はそんなに変わらないが、南の森への道は平坦で、着くのが早い。三人は牛車に揺られながら、ゆっくりと旅をした。

 一晩宿を取り、南の町へ着くと、棟梁夫婦とはここでお別れだった。翌朝、またこの町のシンボルタワーで落ち合う約束をし、ルナは森へ向かった。

 南の森はルナの住む森とほとんど変わらない景色が広がっていたが、滅多に来ない森だとまた勝手が違う。匂いが違うな、と思いながら、ルナは森に足を踏み入れた。

 森に少し入ったところで、『にゃあ』と微かに猫の声がした。ルナが振り向くと、真っ白のふさふさした毛を持った猫がこちらを見て鳴いていた。

「レディー、迎えに来てくれたのか?」

 ふわふわした白猫はつんとそっぽを向くと、吐き捨てるように言った。

『そんなわけないでしょう、第一配下のルナ。わたくしを小屋まで連れて帰りなさい』

 ルナは笑って腕を出した。

「喜んでお連れするよ。さぁ、おいで」

 ふわふわの白猫・レディーは、軽い身のこなしでルナの胸に飛び付くと、そのままルナに抱かれて運ばれていった。

「みな、元気にしているか?」

『もちろんよ、第一配下のルナ。あなた、今まで一体どこに行っていたのよ。わたくしの配下でありながらそばを離れるなんて。帰ったらすぐに膝を貸しなさい。よいですね』

「いいよ。好きなだけ座ってくれればいい」

 ルナはふわふわの猫を抱きながら上機嫌でエンデルの小屋に着いた。平屋ではないが、独り暮らしの小屋らしく、こぢんまりしている。玄関前の手摺りでは、茶色の縞模様のすらりとした猫がルナを出迎えた。

『ルナ、いらっしゃい』

 そう言いながらほっそりした尻尾を揺らしている。

「ジェントル、久しぶりだな。元気だったか?」

『私たちは、みな元気だ。さぁ、入ってくれ。エンデルが待ちくたびれている』

 茶色の縞模様の雄猫・ジェントルに導かれ、ルナはエンデルの小屋に入った。玄関に入り、もう一つ扉を開けると、そこはもう応接室だった。エンデルはソファーに腰を掛けてルナを待っていた。

「ああ、来たのか」

 彼は乾いた口調でルナを出迎えた。

「邪魔するよ、エンデル」

 挨拶もろくに終わらないうちに、白猫のレディーは激しく前足を動かしてルナを急かした。

『第一配下のルナ、早くわたくしを膝の上に座らせなさい』

 早く早くと落ち着きなく催促する猫の腹を、エンデルはひょいと持ち上げて、応接室から追い出した。

「残念だがモップ猫、俺たちは今から会議だ。猫の出席はお断りだぜ」

『ぎにゃああっ!』

 怒るレディーをよそに、エンデルは扉をぴしゃりと閉め、鍵も掛けた。

『第百配下のエンデル! こんなことをしてただで済むと思っているのですか! 第百配下のくせに!』

 激しい抗議も虚しく、エンデルが扉を開くことはなかった。

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