後編 天の道へ
「おばあちゃん、お腹は空いてない? 私、チョコレート持ってるの。一欠片あげるわ」
「ああ、いいんですよ。私は大丈夫ですから、あなたお上がりなさい」
食欲がないのかチョコが好きではないのか、老婆はルナの差し出したチョコは受け取らなかった。
ルナは左腕で老婆の背中を擦り、右手で老婆の右手を握った。老婆もまた、丸い手を握り返した。
「ねぇ、おばあちゃん、おばあちゃんはどうしてここへ来たの? 迷っちゃったの?」
ルナが訊ねると、老婆はルナの顔を見上げて言った。
「私の息子がねぇ、いなくなっちゃったんだよ。ずっと探しているんだけど、どこにもいなくてねぇ。お嬢さん、私の息子を見なかったかね」
「おばあちゃんは息子さんを探してここへ来たの?」
「そうさね。探しているうちに疲れちゃってねぇ、休んでいたんだよ。もうそろそろ帰らないとねぇ」
老婆が腰を上げようとするのを、ルナは説得した。
「大丈夫よ。今、お迎えが来るからここで待っていましょう。何も心配いらないから」
「あら、そうなの? じゃあ、お言葉に甘えましょうかねぇ。何から何まで悪いわねぇ」
老婆は座り直すと、ルナの肩に凭れて目を閉じた。レムがすうっと飛んできて、老婆の顔を覗き込んだ。
『ねぇ、ルナ、その人、連れて帰らなくてもいいの?』
ルナは首を横に振った。
「恐らく、もう手遅れだよ。この人は天の道に惹かれて来たんだ。無理矢理連れて帰っても、またここへ来たがるよ」
『この人、死んでしまうのぉ?』
「助けてあげられればいいが、残念ながら、私にできることはないよ」
『……かわいそうねぇ……』
「レム、天の道の入り口がどこにあるのか、分からないか?」
『そんなもの分かっていたら、とっくに私、成仏してるわよぉ』
「それもそうか……」
『でもね、天の道って、大抵本人の目の前に現れるらしいわよぉ』
「目の前、か……」
老婆はいつの間にか寝息を立ててしまった。息子を探しに来たと言うが、恐らくその息子も、もうこの世にはいない人なのだろう。ルナは老婆の背中を抱いて手を握り、うっすら青いように見える森の空を見上げた。視界がぱっと眩しくなったのは、そのときだった。
『あっ、ルナ、天の道よ!』
レムが指差す先に、白い光の階段のようなものが伸びていた。眠ったはずの老婆も目を覚まし、あらぁ、と声を上げた。
「こんなところにいたのねぇ。随分と、探したのよ」
ルナとレムには分からなかったが、老婆には、息子の気配が読めたのだろう。老婆は体をルナの腕の中に残して魂だけになり、光の階段の中へ、吸い込まれていった。そうしてぼんやりと星明かりの霞む夜空へ、消えていった。
ルナの腕の中に残った老婆は、穏やかな寝顔をしていた。
朝になるまで、ルナは老婆の体を抱いていた。老婆の右手もずっと握っていたが、いつしか冷たくなってしまった。レムも朝日が射すまでルナから離れなかった。
ようやく町の巡査とルット老医師が到着し、老婆を小屋へ連れて帰ることができた。
この老婆は一年前に息子を失ってからみるみる判断力をなくしていき、最近では息子を探すため、毎日のように外へ出掛け、家族の前から姿を消していたとのことだった。持病も多くあり、薬も欠かせず、余命も長くはなかったようだ。家族は老婆を見送ったルナに、丁寧に礼を言った。
ルナは老婆のいた木の根元に、ささやかな墓を立てた。
レムは毎晩花を摘んで、その墓に祈りを捧げた。
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