後編 写真
誰よりも元気な母は、その日の夕食の準備も引き受け、エクラとともに台所に立った。緑色の派手なドレスを着た母が何の変哲もない地味な調理台で料理をする姿は滑稽だった。ノクスも地下から上がってくると、いつもとは違う台所の様子に絶句した。エクラだけが母の有り余る活力についていき、派手な身なりも上手に褒めた。
二人の作った料理は森の生活に似合わず豪奢で、みんな目を丸くした。母が口を止めることなく喋り続けるので、食卓は賑やかだった。食べ慣れない豪華な食事ながらノクスの口にも合ったようで、ノクスも次から次へと食べ続けた。
食事の片付けはルナと兄とノクスの仕事だ。三人で台所を綺麗にしている間に、母とエクラは風呂に行った。
十時過ぎにはルナも全ての用事を済ませ、自室に戻った。今日はこの部屋に、母が泊まる。
ルナの机を使い何か書き物をしている母の背に、ルナは言った。
「お母さん、今日は来てくれてありがとう。なかなか王都に帰れなくて悪いね」
「いやだわ、改まってどうしたのよ」
母は顔を上げてルナを見た。
「ルナちゃんったら本当に美人になったのねぇ。昔から美人だったけれど、今は大人の美人ねぇ。さすがあたしの娘だわ」
ルナはぎこちなく笑った。
「お母さん、何を言ってるの」
母はトランクから一つの写真立てを出し、ルナに渡した。
「今日はね、ルナちゃんにこれを渡したくて来たのよ。この前アルバムを整理してたら出てきたの。ルナちゃんに、ぜひ持っててもらいたいの」
母が持ってきたのは、ルナの六歳の誕生日に撮られた家族写真だった。真ん中の白い誕生日ケーキのすぐ後ろで、まだ幼いルナが笑顔でばんざいをしている。そのルナを、今はいない姉が背後から抱き締めている。兄はその隣で歯を剥き出しにして笑っていて、あの厳しかった父まで、子供たちの後ろで笑っている。母はシャッター係だったので、写ってはいなかった。
今はない昔の風景に、ルナは言葉を失った。
この写真を撮った一年後に、父も姉もいなくなってしまった。いつも手を引いて遊んでくれた姉、厳しく見守ってくれた父。二人のことを思い出し、ルナは胸が一杯になった。
「――お母さん、ありがとう」
ルナが母に凭れると、母は無言でルナを受け止めた。
「お父さんとお姉ちゃんに会いたい……」
幼い頃に戻ったように、ルナ目を拭った。母は娘の黒髪を撫でると、弱気になるルナの手を取り、言った。
「ルナちゃん、あなたの元気な姿が見られて本当によかったわ。ルナちゃんがしっかりやっていること、エクラちゃんからたくさん聞いたからね。ルナちゃんはえらいわ。みんなに優しくしてあげて」
「――私は……」
「本当はね、このまま王都へ連れて帰りたいのよ。お母さんだって寂しいからね。でも、この森にはルナちゃんがいないと駄目だから、連れて帰るのは諦めるわ。その代わり、この写真を、どうか飾っていてね」
ルナは首を横に振った。
「ここにはお母さんが写ってないよ」
「それなら心配しないで! お母さんの写真はね、ほらこの通り、別に持って来たのよ!」
母は突然いつもの陽気に戻り、ドレスで着飾った自分の写真をルナに突き出した。
「素敵でしょう? 六十を越した記念に撮ったのよ。大事にしてちょうだいね」
機嫌よく笑う母に釣られてルナも笑った。
翌朝、母の陽気さを移したような晴天の中、母と兄は旅立の準備をした。
「悪いな、ルナ。俺にも仕事があるもんだから、長居できないんだ」
「気にしないでくれ。気を付けて」
母はルナに歩み寄り、娘の手を取った。
「ルナちゃん、約束よ。体を大事にね」
「ありがとう。お母さんも、いつまでも元気でいてね」
「あら、任せてちょうだい!」
母はそう言うと、兄を従え、王都へ帰っていった。
金色の朝日が、きらきら輝いていた。
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