第11章 家族の来訪

前編 残された家族

 副都カロニアのクーデター火難は、幼かったルナから多くのものを奪った。家族五人で住んでいた集合住宅は焼け、通っていた私学もなくなり、父と姉も失った。生き残ったのは、母と兄、そしてルナだった。

 母から届いた手紙を読みながら、あれから三十年かとルナは深い溜め息を吐いた。ちょうどいい節目に墓参りに行きたかったが、母や兄が住む王都までは片道一週間も掛かる。往復するだけで二週間、そんなに長い間小屋を空けるわけにもいかず、家族みんなでの墓参りはあきらめた。

『墓参りは済んだので心配しないでちょうだいね! これからお兄ちゃんと一緒にあなたの顔を見に行くわ! よろしくね!』

 威勢のいい手紙を読むと、ルナはそっと笑った。

「お母さん、なんにも変わってないな」

 卓上に手紙を置くと、ルナは自室の窓から夜の森を見下ろした。鳥も鳴かない、静かな夜だった。

 その手紙を受け取ったわずか三日後には、もう母と兄が小屋に現れた。おしゃれ好きの母は緑色のドレス風の派手な衣装に身を包み、茶色の髪にはカールを掛け、手にはレースの日傘を持ち、娘のルナを底無しに驚かせた。母の大きなトランクを持つ兄は、すっかり呆れた顔をしている。六十を越したとは思えないほど元気な母は、ルナの姿を見ると臆面もなく大声を出した。

「ルナちゃん! 会いたかったわよ! お母さんよ! 元気だった?」

 母は日傘を閉じて兄に押し付けると、ルナに抱きついた。香水の匂いがつんと鼻を突いた。ルナは苦笑いをしながら母を受け止めた。

「お母さん、いらっしゃい。相変わらず元気だね。長旅で疲れなかったの?」

「疲れるだなんてとんでもないわ。あたし、ルナちゃんに会えて、もうね――あら?」

 母は小屋から顔を出したエクラを見つけると、今度はそちらへ飛んでいった。陽気で元気な者同士が気が合うのか、母とエクラは抱き合って、何年ぶりになるのかもう数えることもできないほど久々の再会に喜び合っていた。

「ああ、もう、母さんにはついていけん。――ルナ、元気にしてたか?」

 兄はぐったりと疲れた様子で汗を拭った。

「兄貴、大変だったな。私は元気だ」

 そう言いながら、ルナは兄の持っていた母のトランクを代わりに持った。

「墓参り、ありがとう。私も行きたかった」

「ああ、いいんだいいんだ。あのときも母さんが親戚みんなを集めて大変なことになってな。お前はあの場にいなくて幸運だったよ」

 その大変な様子を思い浮かべ、ルナは笑った。

「入ってくれ。水をあげるよ」

 ルナが言うと、兄はぜいぜい言いながら頷いた。

 母はエクラを従えて自由気儘に小屋のを中を見て回った。製薬室や地下へはさすがに入るのを諦めてもらったが、見て回れるところは何でも見て回っていた。

 兄はソファーにどっかりと座り込むと、浴びるように水を飲んだ。

「いきなり来て悪かったな、ルナ。母さんがどうしてもお前の顔を見ると言って聞かなくてな。末っ子だから今でも可愛いんだろうな」

「私ももういい歳だよ」

「だがな、離れて暮らしていることもあるんだろうが、母さんはお前の小さい頃の写真を今でも毎日のように撫でてるんだぜ。俺の写真なんか飾ってもいないのに」

「確かに小さい頃はみんなが私によくしてくれた。お父さんだけは、私に厳しかったがな」

「あんまりみんなが甘やかすもんだから父さんは鬼役に徹したんだよ。――俺もまだお前のことを赤ん坊だと思うことがある」

 ルナは何も言えずに苦笑いをした。

 こうして話をしていると、本当に幼い頃に戻ったようで、ルナの頭の中にも、小さかった頃の兄や若かった母、生きていた頃の父や姉の姿が甦った。

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