中編 糸

 白いワンピースを着た白金の髪の少女を目の前にすると、ノクスは息をすることも忘れて押し黙った。彼女の華奢な体には、何か金粉を撒いたような淡い輝きが見えた。ソファーに折り目正しく座り、水晶のような硬い目で、ノクスを見つめている。

「クランテ、彼がノクスだよ」

 ルナが少女にノクスを紹介した。ノクスと一緒に居間に入り、固まるノクスの背中を押してソファーに座らせたエクラも、人懐こく少女に手を振って挨拶をした。

「あたしはエクラよ! ルナ、この子は誰?」

「この子はクランテ嬢だ。ノクス、お前に会いに来たんだよ」

 ノクスは目を見張ってクランテを見た。彼女は灰色の目を伏せ、深々と頭を下げた。

「お初にお目に掛かります、ノクス様」

 彼女はお辞儀が済むと、また真っ直ぐな目でノクスを射抜いた。

「――ノクス様、わたくしはあなたと、魔脈を繋ぎたいのです」

 彼女の言葉に、ノクスは頭が真っ白になった。クランテは至って真面目に凛々しい目をノクスに向けている。エクラはきょとんとしてノクスとクランテを交互に見た。

「ルナ、マミャクって、何?」

「魔脈というのは、魔法使い同士が自分の魔力を相手と分け合う力のことだよ。私は魔法使いではないから体感したことはないが、魔脈は糸に形容される」

 ルナは立ち上がると裁縫棚から刺繍糸を出し、両端をノクスとクランテに握らせた。

「今、ノクスとクランテは一つの糸を握っている。これが魔脈だ。魔脈を繋ぐと、この糸を通して、互いの魔力を行き交わせることができる」

 エクラはクランテをちらりと見た。

「クランテちゃんも魔法使いってこと?」

 クランテは頷いた。

「申し遅れました。わたくしは、光の魔力を持った魔法使いです」

 クランテがそう言うと、ノクスは思わず糸を離し、立ち上がった。

「――まさか、そんな……」

 ノクスは動揺していた。ソファーから自分を見上げるクランテを、ノクスはどう受け止めたらいいのか分からず、呆然と見下ろした。二人の握った刺繍糸は、今、クランテの手から力なく垂れている。ルナは小さく溜め息をついた。

「すまない、クランテ。私がさっき言ったのは、こういうことなんだ」

「いいえ、構わないのです。わたくしは、ノクス様とお会いできただけで、それだけでいいのです」

 ルナは弟子の二人に命じた。

「ノクス、エクラ、下がりなさい。あとは二人で話をする」

「その前に、クランテちゃんは今日、泊まっていくのよね?」

 エクラが訊ねると、クランテは慌てて首を横に振った。

「わたくしはそんな――すぐにおいとまいたします」

「なぁんだ、つまんないの。泊まってってもいいんだよ」

 エクラがにっこり笑うと、クランテはうつむいて肩を竦めた。

「いいえ、とても嬉しいのですが――またの機会ということで……」

「じゃあ、また今度来てね」

 そう言い残すと、エクラは石膏のように固まったままのノクスを引っ張り、居間を出ていった。

「魔脈を繋ぐ相手がエクラだったら、私もここまで反対はしないんだが……」

 クランテから刺繍糸を受け取りながら、ルナは思わず本音を漏らした。

「いいのです。受け入れていただけないことは、分かっていました。――何度も、経験したことです」

「魔脈を繋ぐのは初めてではないのか?」

「いいえ、そうではないのです。魔力のことでなはく、普通の、日常生活の中での話です」

 白と言っても差し支えのない髪色、十四歳とは思えない冷静な気質、そして、滅多にいるものではない光の魔力の持ち主。――なかなか人々に受け入れられる存在ではなかったのだと、容易に想像ができた。

 クランテはルナの隣で、寂しい笑顔を浮かべていた。

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