4 達成
「ああっ!!」
そんな叫び声とともにエクラが目を覚ましたのは、昼過ぎのことだった。
「ごはん! ごはん作らなきゃ! 寝坊しちゃった!」
そう言って布団をはね除けるエクラの目の前に、トロス医師が手を翳した。
「起きたのかエクラ。ごはんって、何のごはんだ」
ルット老医師に替わり往診に来たトロス医師は、突然の患者の目覚めに驚き、危うく椅子から落ちるところだった。エクラらしい元気な目覚めにルナは笑った。
「気分はどうだ? お前の熱が落ち着かないから、トロス先生に来ていただいたんだよ。ごはんを作る必要はない。もう昼を過ぎたからね」
ルナが説明すると、エクラもようやく自分が療養中だったことを思い出した。
「そっか、あたし、寝てたんだった。でも、もう大丈夫よ。体も軽いし、もう今からでも動きたいくらい!」
「機嫌もいいし顔色もいいし、どうやら落ち着いたようだな。一応、熱だけ測ってくれ」
トロス医師に水銀体温計を手渡されると、エクラはわぁと喜んだ。
「水銀体温計だぁ。口で測るんですよね」
「脇だと十分も掛かるからな。五分ほど、口に入れてくれ。正しい測り方は、もちろん分かってるな?」
「はい! 舌の裏側にある筋に、ぴったり当てるんですよね」
「よろしい。上手に測れよ」
水銀体温計を咥えたエクラは、うんうんと頷いて答えた。
水銀体温計が出した体温は平熱で、ぶり返しさえなければ、もう心配はいらないとのことだった。トロス医師は日が暮れないうちに町へ帰っていった。
トロス医師が帰ると、今度はノクスが星の宿題を持ってエクラの部屋に来た。
「エクラ、宿題、やっておいたよ」
細かく星の名前が書き込まれた観察記録を見て、エクラは目を輝かせた。
「すごい! 全部名前分かったのね! これでグレイビ先生に胸を張って提出できるわ。ありがとう、ノクス」
「こっちこそ、ありがとう」
エクラは首を傾げた。
「あれ? あたし、何かしたっけ」
「エクラが寝てる間、家のことは俺がやったんだけど、結構大変だったからさ。もしかしたら俺、エクラに負担掛けすぎてたのかもしれない」
エクラは笑って首を振った。
「そんなことないのよ。あたし、家のことするの嫌いじゃないし。……でもそうね。順番でいったらあたしの方が先にこの小屋を出るわけだし、今のうちにたくさんお手伝いしといた方がいいのかもね」
「上手くできるかどうか分からないけど、頑張るよ」
「期待してるからね、ノクス」
「うん」
エクラの部屋を出て居間へ戻ると、ルナが一通の手紙を持っていた。
「ノクス、アルミスから返事が届いたぞ」
「ほんと?」
ノクスは手紙を受け取ると胸を高鳴らせ、部屋へ下りていった。卓上ライトに灯した手紙には、短いながら、親しげな文章が綴られていた。
――ノクス君へ
お手紙ありがとう。チェリービネガーを気に入ってもらえてよかったよ。
今度は一緒に飲もうね。
――アルミス
たったこれだけの返信だったが、自分の放った言葉が誰かに届き、こうして返事をもらえたことが、ノクスには嬉しかった。
アルミスの返事はささやかな達成の記憶として、ノクスの胸に強く残った。
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