3 発熱

 エクラが熱を出したのはその日の夜だった。最初は元気に振る舞っていたエクラも時間とともに余裕がなくなっていき、やがてぐったりと目を閉じるだけになった。断続的に様子を見ていたルナも、みるみる熱くなっていくエクラの首筋に手を当てながら深刻な顔をした。エクラの仕事を引き受けたノクスも、病気知らずなエクラの発熱に動揺していた。夜になってしまっては町医者を呼ぶこともできない。ルナにできることといえば、発熱の不快を和らげてやることくらいだった。

「エクラ、朝になったらルット先生に来ていただくから、それまで頑張りなさい」

 エクラはぼんやりしたままルナに訴えた。

「頭が痛いよ……」

「我慢できないか?」

「つらいよ……」

「待っていなさい。痛み止めを持ってくるから」

 まだ夜の十時だった。朝になるまでには随分時間がある。長い間エクラを苦しめておくのは胸が痛んだ。

 ルナはすぐに薬を用意し、エクラに飲ませた。

 眠ったように見えても体は苦しいようで、エクラは落ち着きなく呻き声を上げた。日付けが変わる頃には薬が効いたのか、いくらか深い寝息になった。

 ルナはエクラの様子を見ながら、暑そうなら布団を外し、寒そうなら掛けてやった。

 明け方には薬も切れたようで、また呻き声が始まった。

 このときばかりは薬草採取も休み、ルット老医師が来るまで、ルナはずっとエクラの看病に当たった。

 ルット老医師は朝一番で飛んできて、エクラを診察した。

「風邪を召されたようですな。熱はそんなに高くありませんから、もう一日様子を見てみましょう。倅を寄越しますから、どうぞ遠慮なくこき使ってやってください。それから、水銀体温計もいるでしょう。後から持って来させますので、お使いください」

「ルット先生、ありがとう」

 ルナが礼を言うと、ルット老医師は静かに微笑んだ。

「いやいや、エクラ嬢が風邪を召されるとは、まことにおいたわしいことでございます。頑張りやさんなお嬢さんですから、疲れが出たのでしょう。お大事になさってください」

 ルット老医師は見舞いの言葉を残し、町へ帰っていった。

 よく眠れなかったエクラは朝になってようやく深い眠気が来たようで、熱が下がらないながらも、落ち着いた寝息を立てて眠り始めた。

 ルナも安心して、一度エクラの部屋を離れた。

 居間では、やはりよく眠れなかったらしいノクスが、いつもより青い顔をしてソファーに座り込んでいた。

「エクラは?」

「大丈夫。今は落ち着いて、眠っているよ」

「……エクラが熱を出すなんて、珍しいな……」

「いつも元気な子だからな」

「どうして熱なんか出たんだろう」

「疲れが出ただけだよ」

「それなら、いいけど……」

 ノクスもまた、深刻な顔をしていた。口には出さないが、きっと頭の中では色々な思いがぐるぐる回っているのだろう。

 ルナがエクラの看病に専念している間、家の仕事はノクスがこなしてくれた。居間も台所も綺麗に整えられて、乱れはなかった。テーブルにはルナの朝食が用意されていた。

「ノクス、色々してくれたんだな。ありがとう」

「大したことはしてないよ」

「朝食、もらっていいかな」

「いいけど――上手くできたかどうか、分からない」

 ルナは笑った。

「よくできてるじゃないか。大丈夫だよ」

 ノクスはやはり緊張したままだった。

 ルナが食べたノクスの朝ごはんは、舌を脅かさない、素朴な味がした。

「上出来じゃないか。おいしいよ」

 そう言われると、ノクスはやっと緊張が解けたように、笑顔を見せた。

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