3 エクラと妖精
エクラの部屋には夜な夜な妖精がやってくる。就寝前に髪を解かしていると、暗い窓の外にエメラルドグリーンの淡い光がちらちらと舞っているのが見えた。エクラは櫛を置き、窓を開けた。
「フィーリー、いらっしゃい!」
「エクラ、こんばんは!」
エクラの手のひらほどの大きさしかない妖精・フィーリーは、ポニーテールに結った金色の髪を空中に揺らしながらくるりと一回転をして、エクラの大きな頬に頬擦りをした。
「もう! この前はエクラがいなくて寂しかったわ。会いたかった」
「ごめんね、フィーリー。あの日は学校に課題を出しに行く日だったのよ。ちゃんと出さないと、いつまで経っても卒業させてもらえないの。先生に認めてもらえるように頑張らなくちゃ」
「人間って大変なのねぇ。妖精は遊んでいればいいだけだからとっても楽よ。口うるさい大人の妖精がちょっと厄介だけどね」
エクラの頭にはすぐに三人組の妖精が思い浮かんだ。
「それって、ネブさんにルイルさんにベベガさんね。確かにあの三人組は厄介ね。だけど安心して。いつももてなしのお茶で懐柔してるから。たまにこうしてお泊まり会を開いても大丈夫。何も言われたりしないわ」
「ねぇ、エクラ、あたしもエクラの作ったお菓子が食べたいな」
「いいわよ。今度用意しておいてあげる」
「やったぁ! 絶対よ! 楽しみにしてるんだからね!」
「任せておいて」
二人は部屋の灯りを落とし、布団に入った。エクラの枕元にはフィーリー用の篭があり、中にはエクラが手縫いした綿の布団や枕が入っているが、フィーリーは大抵篭には入らず、エクラの大きな枕の上に寝そべり、エクラの鼻や頬をいたずらにつつくのだった。直接相手に触れられるこの距離が、フィーリーのお気に入りだった。消灯しても、二人の会話は窓明りの中で続く。
「それでね、ミーリーちゃんをお姉ちゃんに返したら、その途端、ピタッと泣き止んだのよ。あたし、いつかミーリーちゃんに泣かれないようにするのが目標なの」
「赤ん坊って、随分と薄情なのねぇ」
「あら、薄情なんかじゃないのよ。慣れてないから戸惑ってるだけ。それでもあの突っ慳貪な態度がまたかわいくってたまらないのよ! あたしの子供ってわけでもないのに、不思議よね」
「――エクラって、本当に家族を大切にしてるのね。いいなぁ。何だか羨ましい」
「どうして?」
「だって、あたしたち妖精は、一人で勝手に生まれて一人で勝手に生きていくんですもの。仲間や友達はいるけれど、お父さんやお母さんがいるわけじゃないし。何だかエクラが羨ましいわ。あたしにも家族がいたら、どんな感じなのかなぁ」
「あたしとルナとノクスも、本当の家族じゃないけれど、あたしは家族だと思ってる。誰かがいなくなったら、あたしは心臓が止まるほど悲しくて、きっと生きていけなくなるほど絶望するわ。それは、フィーリーに対しても同じ。フィーリーが来てくれなくなったら、あたしは眠れなくなるくらい寂しいわ。仕事や勉強だって、手がつかなくなってしまう。こうして一緒にいてくれるととても嬉しいわ」
フィーリーは勝ち気な瞳をふっと緩めて柔らかく笑った。
「あたしも、エクラと一緒にいるの、好きよ。エクラが小さかった頃から、ずっと一緒だったもの」
フィーリーは篭の中から枕と布団を引っ張り出すと、エクラの巨大枕の上で、それらに包まった。
「エクラの作ってくれたお布団、今日はきちんと包まって寝るの」
「使ってくれるの?」
「うん」
エクラは人差し指の先端でフィーリーの頭を撫でた。
「ありがとね、フィーリー。お菓子も楽しみにしてて」
「うん」
二人はそれっきり静かになり、いつしか穏やかな寝息を立てていた。
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