4 ルナの診察

 ルナは護身の呪いを受けた珍しい患者として、月に一度、町医者の往診を受けていた。ルット老医師が町の診療で忙しいので、ルナの小屋へは大抵息子のトロス医師が来る。脈を測ったり瞼の裏の色を確かめたり、基本的な診察の後、採血もする。普通の人と変わらない赤い血が、採血管に満ちている。

「これは町へ持ち帰って調べるよ」

「よろしく頼む」

 ルナは捲り上げた袖を元通りに伸ばし、腕を隠した。普通の血液に見えても、ルナの血は毒に汚染されている。心得のある特定の人にしか、このような採血はできない。

「次は呪い焼けだ。エクラ、よろしく頼むよ」

「はい!」

 エクラもトロス医師のささやかな助手として、診察を手伝う。呪い焼けを見るのはエクラの仕事だ。

「ルナ、ごめんね。見るよ」

「ああ、頼むよ」

 トロス医師には背を向けて、ルナはワンピースの釦を外した。エクラは患部の観察を手早く済ませると、観察用紙に記録をつけた。

「ルナ、ありがとう。もういいわよ。――先生、先月と変わりありません」

「よし」

 トロス医師がカルテをつけ終わると、診察は終わりだった。

「ああ、そうだ、ルナ。悪いんだけど、解毒剤ももらっていいか?」

 トロス医師は診察道具を片付けながらルナに言った。

「ああ、いいよ。今、持ってくる」

「あ、ルナ、あたしが取ってくるからいいのよ」

 そう言ってエクラは部屋を出ていった。

「とりあえず、現状維持だな、ルナ」

「いつも診察して下さってありがとう。助かるよ」

「大事にしろよ。俺より十も若いんだから」

「私だって若くはないよ。エクラやノクスには敵わない」

 トロス医師は豪快に笑った。

「確かに、十代の若者とは張り合えんな」

 エクラはすぐに解毒剤を持って戻ってきた。

「トロス先生、どうぞ。解毒剤です」

「ありがとう、エクラ。レポートの方もよろしく頼むよ」

「えっ、レポートですか?……あはは、が、頑張りまーす……」

 ルナはくすくすと笑った。

「グレイビ先生の宿題にトロス先生のレポートに、大変なものだな、若者も」

「せっかくルナが診療の資料を提供してくれてるんだから、ちゃんとやれよ。グレイビ先生のところを卒業したら、本格的に診療所での修行もできるんだからな」

 二人の大人に鞭を打たれ、エクラは冷や汗を流した。

「……頑張りまーす……。はああぁぁ……」

 若者の憂鬱な溜め息が部屋一杯に広がり、二人の大人は顔を見合わせて笑った。

「エクラ、俺も親父もお前には期待してるんだよ。修行の場は俺の診療所じゃなくてもいいが、お前がどんな大人になるのか、みんなで楽しみにしてるんだよ。なぁ、ルナ」

「そうだよ。私もエクラの将来が楽しみだ。エクラならきっと多くの人の役に立ち、みんなを助けることと思う」

「やだなぁ。あたし、そんな……なれるかなぁ?」

「なれるよ」

 ルナは力強く頷いた。

「エクラは頑張り屋さんだからな。将来はきっと努力が実るよ」

 トロス医師も同調した。

「俺も、お前は多くの人を救うと思う。太陽のように明るいからな」

 エクラは恥ずかしそうに肩をすくめた。

「もう、ルナもトロス先生もからかわないでよ……」

 そう言いながら、エクラは嬉しそうな可憐な笑顔を浮かべた。

「でも、ありがとう。あたし、頑張るよ」

「期待してるよ、未来のドクター。来月もよろしく頼む」

 そう言い残して、トロス医師は町へ帰っていった。

 嬉しさと戸惑いと気恥ずかしさとが綯交ぜになって、エクラはしばらく、赤い顔が元に戻らなかった。

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