4 グリフォンの飛ぶ夜空

 星空の見える大きなバルコニーに椅子と机を出し、ルナとアルミス、エクラも加わり、晩酌が始まった。

 景色の果てに見える切れ目ない山脈の上に、小さな星々が散っている。この山波の中には、夏でも涼しい夜風が吹いていた。

「さぁ、どうぞ、二人とも。長旅で疲れた体を癒やしてください」

「アルミスさん、ありがとう!」

「すまないな、アルミス」

 透明な酒の上に赤いチェリーの実が宝石のように浮かんでいた。アルミスは大きな酒瓶にレードルを入れ、酒とチェリーの実をグラスに注いだ。

「ルナさんどうぞ、味見してみてください」

「ありがとう」

 森の往来を見守り、様々な人の秘密を握るルナは、本来理性を失う酒を飲めない。こうして旅先で薦められたときに、一杯だけ味わうことを許されている。

 ルナはチェリー酒の香りと色をじっくり堪能すると、少しずつ口に含んでいった。少し舌先に乗せただけでも、果実の甘さが広がっていく。

「ああ、これはいいね。さすがカロン先生の果実酒だよ」

「そうでしょう? 一杯だけでも飲んでいただきたかったんですよ。今夜はいいタイミングでした」

「アルミスは毎晩これを飲めるんだから、うらやましいよ」

「へへっ、そうでしょう? エクラちゃん、炭酸水で割ったチェリービネガーはどうです? 僕、結構そっちも好きなんですよ」

「あたしも好き! おいしいわ」

「よかった。たくさん飲んでね。ルナさんもビネガーなら大丈夫でしょう?」

「ありがとう。いただくよ」

 エクラはグラスを持ちながら席を立ち、満天の星を眺めた。

「ここの夜空は本当に綺麗。アルミスさん、星の記録をしてもいい? 学校の宿題にしたいの」

「いいよ。お好きにどうぞ。宿題だなんて大変だなぁ」

 エクラは部屋から筆記用具を持ち出し、二人から離れて星の観察をした。

 アルミスはチェリー酒を継ぎながら、幼馴染み相手にしかできないしみじみした話を始めた。

「ルナさんも護身の呪いを受けていなければ、今頃エンデルさんあたりと幸せになっていただろうになぁ。何だかもったいないなぁ」

「エンデルとは今でも仲良くしているよ」

「定期報告会でちょくちょく会うだけでしょう? 僕が言いたいのはそういうことじゃないですよ」

「そういうアルミスはいい人いないのか?」

「僕はそういうの、興味ないです」

 にべもなく言われ、ルナは苦笑した。

「結局僕たち五人の仲間の中で家庭を持って子をなしたのは、ビアンカさんだけでしたね。お嬢さん、もう十二歳になるんだそうですよ」

「もう、そんなになるのか」

 ルナも立ち上がり、バルコニーの手摺りの前に立った。

 張り詰めたような涼しい空気を吸い込むと、ルナの胸の中に、一本の光の筋がすうっと通ったような、凛とした気配がした。ルナは遠い山の稜線を見つめて言った。

「アルミス、何か来るぞ」

「え? 何です?」

 アルミスもルナの隣に立つと、黒い山波の上に、銀色の光がぼんやりと横切っていくのが見えた。アルミスは黒縁眼鏡の奥を輝かせ、わぁと声を上げた。

「ヴァジエーニ様のグリフォンだ。綺麗だなぁ」

 白銀に輝く聖獣グリフォンが、金属のように重そうな翼をはためかせて飛んでいた。星空は俄に翡翠色に艶を放ち、海の波のように揺れた。

 バルコニーの三人は、言葉もなく、北の美しい空を眺めた。

 グリフォンの翼のはためきは、おおらかな大気の呼吸のようだった。

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