3 定期報告会

「ルナさん、せっかくですから、定期報告会もやっちゃいましょう。何度もこちらにご足労いただくのは申し訳ないですし」

 そんなアルミスの提案に、ルナも頷いた。幼い頃一緒に過ごした仲間たちは色々な地へ移ったが、みんな定期的に報告書を作り、情報を共有していた。ルナとアルミスは年に一、二度の頻度で顔を合わせ、定期報告会を開いている。他者の同席は認められていないので、エクラは小屋に残ったノクスに手紙を書いて時間を潰す。

「そうだ、ルナさん、今夜も星を見るでしょう? 今夜は天気もいいですし、綺麗な星空が見られますよ」

「それは楽しみだ」

「ノクス君は残念だなぁ。一緒に見られたらよかったのに」

「ノクスもノクスなりに有意義に過ごすだろうから大丈夫だよ」

「何だか申し訳ないな。二人をこっちに引っ張っちゃって」

「そんなことよりアルミス」

「何です?」

 ルナは声を低くして言った。

「私はビンテージヒューメルンに会った」

「えええええ!!??」

 アルミスは家中に響くような絶叫を上げた。

「う、嘘でしょう? あのビンテージヒューメルン?」

「そうだ」

「ははっ、ルナさんもいたずらな人だなぁ。僕を騙そうったってそうはいきませんよ。……起動してなかったんでしょう?」

 ルナは黙ったまま首を横に振った。

「う、嘘だ……起動してたの?」

 ルナは頷いた。

「これはたまげたなぁ。僕も噂くらいは聞いたことあるけれど、架空のものだと思っていましたから。実在するなんて思わなかったなぁ」

「二百年以上前に作られたもので、今までに三十二人もの人格を乗り継ぎ、今起動している子で三十三番目なんだそうだ」

「わぁ、本当にそんなことがあるんだなぁ」

 黒縁眼鏡の奥で目を輝かす一方で、アルミスは冷静に語った。

「でも、ビンテージヒューメルンといえば、絶海とも決して無縁ではない、謎の多い代物なんですよねぇ。産業革命が起こる少し前にも絶海が開いたとされていますし、さっきじいちゃんが匂わせた通り、そのときの海開でこの世にない小さな部品が流れ着いたとも言われています。――特に、人格チップなんて、世界が混じり合わないと、この世では決して生み出されるものではなかった、なんて言われてますもんねぇ。どこまでが真実でどこからが空想なのか、僕にはよく分からないけれど」

「どのみち今回のことは私たちの手に負えるものではないよ」

「そうですね。僕たちの目的は事象の解決ではなく、有事の際に機敏に対処できるよう、知識を肥やしておくことですもんね」

「ここへ招いてくれて助かったよ。ありがとう、アルミス」

「いえ、僕の方こそ助かりましたよ。ところでルナさん、今晩、一杯だけでいいから付き合って下さいよ。僕、今、チェリー酒にはまってて、これがなかなかうまいんですよ。一緒に飲みましょう」

「いいのか? ごちそうになっても」

「いいですよ。じいちゃんの手作りですけど、絶品ですよ。エクラちゃんにはアルコールの入ってないものをあげますから、みんなで天体観測しながら飲みましょう」

「では、お言葉に甘えて、ごちそうになるよ」

「運が良ければヴァジエーニ様の聖獣が拝めますよ。ルナさん、何度もここに来てくれてるのに、いつもタイミングが合わなくて見せてあげられたことがありませんから」

 ルナはにっこり笑った。

「今日は見られるといいな。私の森には飛んでこないから」

「聖獣は冷たく澄んだ空気が好きだから。そのせいですよ」

 二人は窓の外を見た。凛とした北の山の稜線が折り重なって果てしなく続き、空はうっすら夕暮れだった。

 旅情に満たされたルナの心は、何かと昂りやすくなっていた。

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