2 絶海が開くとき

 ルナとエクラはふた晩掛けて、アルミスのいる北の山へと着いた。人を呼んでおきながら、アルミスは身なりを少しも整えず、ぼさぼさに跳ねた髪と、生えっぱなしの髭面でルナたちを出迎えた。黒縁眼鏡も鼻の上で曲がっている。

「ああ、ルナさん、エクラちゃん……ふあぁ……いらっしゃい」

 眠そうな顔で二人を出迎えるアルミスの背後で、彼の師匠であるカロン老師が怒鳴り声を上げた。

「ばかもん、アルミス! お客様が見えるというのに、その身なりはなんだ! きちんとせんかぁ!」

「ああ、分かった、分かったから。そんなに怒鳴らなくったっていいじゃんか」

 アルミスは耳を押さえて顔をしかめた。

「すみません、二人とも。僕、髭だけ剃ってきます」

「その頭もなんとかせい! 坊主にしちまうぞ!」

「ああ、それいいかも。頭整えなくて済むから楽だし……」

「ばかもぉん!! さっさと整えてこんかぁ!!」

「い、行ってくるよ……」

 アルミスは頭を掻きながら奥へ消えていった。

 ルナとエクラは顔を見合わせて笑った。

「アルミスさんったら、相変わらずね」

「身なりを整えた綺麗なアルミスなんて、想像がつかないな」

 カロン老師は疲れたように溜め息を吐いた。

「二人とも、申し訳ないのう。ずぼらな弟子で困っとるんじゃ。わざわざ遠いところからお客人がお越しくださったというのに髭も剃らんとは」

「お気になさらず。私たちは慣れています」

「そうよ。綺麗じゃないアルミスさんもあたしは好き!」

 カロン老師は大声で笑い、二人を居間に通した。

 身なりを整えたアルミスも加わり、四人は本題に入った。

「さて、ルナ嬢は先般のあの大きな衝撃を、やはり感じ取ったようだね。儂の仲間たちにも色々連絡を取って確認したんだが、やはりあれは絶海の開く衝撃だったらしい」

「なぜあれが絶海の開く衝撃だと分かるのですか」

 ルナが訊ねると、カロン老師は、はっはっはと大声で笑った。

「まだ三十年ちょっとしか生きとらん君らには、初めての経験じゃったろう。だがな、五十年近く前だ。我々は、今回と同じような大きな衝撃を胸に感じた。あまりに独特の気配に驚いた儂らは、さっそく仲間同士で情報を集めた。詳しく話すと長くなるんじゃが、色々な検証の結果、絶海が開いたのだと我々は決した」

「それがふたたび起こったということですね」

「そうじゃ」

 端で聞いていたアルミスも口を開いた。

「でも、絶海が開くのは二百年に一度、あるかないかでしょう? どうして今回はこんなに間隔が短いんだろう。あとね、じいちゃん、僕たち、どっちかっていうと、もう四十の手前なんだけど」

「三十も四十も変わらんわい! 儂らもこの間隔の短さを不思議に思っておる。ルナ嬢は気配を読むのが上手いのでな。これから先何が起こるか分からんし、気を付けるに越したことはないのでな」

「教えて下さってありがとう。参考にします」

「カロン先生」

 エクラも身を乗り出して興味津々に訊ねた。

「絶海の向こうには別世界があるって本当なんですか?」

 カロン老師は腹を抱えて笑った。

「はっはっは! エクラ嬢はそっちが気になるかい。確かにそういう話もあるが、どのみち生き物は絶海を渡れん。ネジとかボルトとか、そういう小さな部品類なら――なきにしもあらず――だがな」

「わぁ、本当?」

「そういう噂じゃ」

 カロン老師は、はっはっはと笑った。

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