第8章 絶海
1 衝撃
まだ日も射さない夜明け前、ルナは突然、胸を突くような大きな衝撃に襲われ、飛び起きた。太い棍棒で本当に胸を一突きにされたような、恐ろしい衝撃だった。胸が痛み、手足が震えた。森の中の使い烏たちが尋常ではない鳴き声を上げ、森は混乱の喧騒に包まれた。
何か並大抵ではない大きな出来事が、どこかで起こったようだった。
ルナは身支度もせずに廊下へ出た。烏たちの騒ぎで目を覚ましたらしいエクラも、廊下に顔を出していた。
「みんなこんなにうるさく鳴いてどうしたんだろう」
そう言いながらあくびをしている。
「何かあったんだ。この森は無事なようだが、遠いどこかで何かが起こったんだよ」
「何かって、何だろう」
「私にも分からない」
居間へ下りるとノクスも衝撃を感じたようで、暗い窓の外を覗いていた。
「お前も感じたか、ノクス」
「うん。今まで感じたことのない痛い衝撃だった」
「少し手紙を飛ばす。お前も手伝いなさい」
「はい」
今一眠気の覚めないエクラも加わり、何かしら手掛かりを持っていそうな人たちに、ルナは手紙を書いた。
足に手紙を括られた使い烏たちは四方八方、ルナに命じられた人のもとへ飛んでいった。
昼になると、ルナのものではない使い烏が一羽、手紙を届けに小屋へ飛んできた。エクラが手紙を外し、烏にお礼の果物を渡すと、烏は去っていった。
「あれ? アルミスさんからだ。ルナ、アルミスさんから手紙よ」
「アルミスか」
エクラから手紙を受け取ると、ルナは中身を確かめた。
『絶海が開いたようです。僕のところの老師がルナさんと話をしたがっています。お忙しいでしょうが、火急とのこと。ぜひこちらへいらしてください。』
ルナは顔を曇らせた。
「絶海が開いた? まさか、そんな……」
脇から手紙を覗いていたノクスとエクラは顔を見合わせて首を傾げた。
「ルナ、ゼッカイって何?」
エクラが訊ねた。
「ああ、絶海というのはね、別の世界と繋がっていると言われている、海の嵐のことだよ」
「別の世界?」
「あくまで噂だよ。別の世界なんて本当にあるのかどうか、誰にも分からない。絶海が開くというのはね、海の嵐に切れ目ができて、別の世界との扉が開くことを言うんだよ」
「別の世界に行けるの? 凄い! あたしも行ってみたいな」
ルナは苦笑いをした。
「そんな簡単に言ってくれるな。異世界との交流はこの世の破壊の始まりでもある。本当に別世界があったとしても、交わってはいけないのだよ」
「ええー、そうなの? 残念だなぁ」
「私はアルミスのところへ行く。おかみさんたちを呼ぶから、二人は留守を頼むよ」
「ルナ、あたしも行きたいな」
「いいよ、一緒においで。ノクスはどうする?」
「俺は星明かりのあるところには行けないよ」
「そうだな。じゃあ、悪いが留守を頼むよ」
「分かった」
「エクラ、明朝すぐに立つ。準備をしなさい」
「はい!」
小屋を留守にするための準備やアルミスへの返信を済ませ、ルナとエクラは翌朝ノクスの見送りを受けた。
「おかみさんたちはすぐに来る。ノクス、気を付けて過ごすんだよ」
「大丈夫だよ」
「行ってきます、ノクス!」
「行ってらっしゃい、エクラ、ルナ」
留守を預かるノクスを残し、二人はアルミスの暮らす北の山へと旅立っていった。
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