5 また来年

 翌朝、薬草摘みを終えたルナは、朝日の当たる居間のソファーに体を沈めて休んでいた。出窓の棚には摘んできたばかりのどくだみの花が瓶に飾られ、純白に光っている。エクラの立つ台所からは朝食の準備をする物音が聞こえた。

 ヒューゴは黙って居間に入り、ルナの前に座った。

「ヒューゴ、よく眠れたか?」

 ルナが訊ねると、ヒューゴは無言で頷いた。ゆったり休むルナの体は、昨日より痩せたように見えた。ソファーの肘掛けに置かれた白い手には、うっすら骨が浮いている。

「ルナ、少し痩せたのか?」

「一晩のうちにか?」

「そんな気がする」

「そんなに急に痩せたりはしないよ」

 ルナは笑って眩しい窓を見た。

「いい天気でよかった。雨が降っていると森を歩けないからな。――王都までは一週間ほどか」

「まぁな」

「ヒューゴが来てくれて、私たちはとても嬉しい。いつも孤独になりがちなノクスも、お前が来るときばかりは嬉しそうに生き生きして、表情が豊かになっている」

「俺だって、ノクスがいなきゃどうやって自分の魔法と向き合ったらいいのか分からなかった。炎の魔法は簡単に人を傷つける。自分がそんな力を持っていることが恐い。だけど、昨日硝子玉に火をつけてやったら、ノクスは喜んでくれたんだ。俺の灯した火を見ていると元気になれるんだって、そう言ってくれた。俺にも、人を勇気づける力があるんだなって思ったら、やっぱり嬉しかった。俺、自分の魔法で人を傷つけたくない。争いの種にしたくない」

「炎の魔法は攻撃方法の一つとして利用されがちだからな。だが、それも術者次第だ。お前の魔法には悪意を感じない。ヒューゴの炎は人の心を照らし、励ます力を持っている。私はお前の火が好きだよ。ずっと信じてる」

 ノクスの師として魔法の指導に当たったルナは、ヒューゴの覚醒の経緯にも思いを馳せた。

「お前の魔力の覚醒は急性だった。随分苦労もしたことと思う。ノクスはたまたま幼い頃に能力が分かり、時間を掛けて教えることができたが――お前は本当に気の毒だったよ」

「俺だって色んな人に世話になったんだ。大変だったけど、どうにかなったよ。俺は大丈夫」

「ヒューゴは強いな。本当に立派だよ」

 そう言って笑うルナを見て、ヒューゴはどくだみの花の方へ視線を逸らした。

「分かったような気がするよ。どうしてノクスがルナに身を預けようと思ったのか、その理由がさ」

 朝食のいい匂いがぱっと広がり、エクラが元気な声で二人を呼んだ。

 朝食後、ヒューゴは旅の支度を整えて、三人の見送りを受けた。闇の魔法使いと炎の魔法使いはがっちりと手を組み、別れの挨拶をした。

「ヒューゴ、元気でね」

「ノクス、色々世話になったな。来年、また火を灯しに来るよ。それまでノクスも元気でな」

 エクラも道中のおやつを手渡しながら別れを言った。

「気を付けて帰ってね、ヒューゴ」

「ああ、エクラ、ありがとう」

 ルナもヒューゴの前に歩み出た。

「体を大事にな、ヒューゴ。怪我や病気をしてはいけないよ」

 ヒューゴはふっと微笑み、彼らしい勝ち気な口調で言った。

「その台詞、そっくりそのままあんたに返すぜ、姐さん。体を悪くするなよ」

「ありがとう。私は大丈夫だよ」

 ヒューゴは安堵したように微笑むと、鍛えられた逞しい腕を振って、元気に王都へ帰っていった。

 置き土産の硝子灯が、無邪気にあくびをするように、小さな火を燻らせた。

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