4 ルナの秘密

 夜は更けた。ノクスの部屋に泊まり込んでいるヒューゴは、ルナとの約束の時間になると部屋を抜け出し、誰もいない居間へやってきた。黒いローブを纏ったルナが窓越しの月明かりの中に立っていた。

「呼び出して悪いね、姐さん」

「今日はノクスと話をしなくていいのか?」

「もちろんノクスと話したいこともたくさんあるんだが――ヴァジエーニ様が、ルナの身を憂いていらっしゃった。呪い焼けの具合を訊ねてきてくれと、そう仰っていた」

 ルナは両手で輪を作り、右の脇腹に当てた。

「このくらいだ。以前とさして変わりはないと、そうお伝えしてくれ」

 ルナの返事を聞いてもヒューゴは厳しい視線を緩めなかった。

「ルナ、呪い焼けって何だよ。ヴァジエーニ様は濁すばかりで教えて下さらなかった。ルナなら自分の言葉で直接説明するだろうから本人に訊ねろと、そう仰った。あんた、ただの薬草使いじゃないのかよ。ヴァジエーニ様とどんな関係なんだ。はっきり教えろ」

 ルナの顔は月明かりの中で霞のように光っていた。敵意も悪意もない柔らかな微笑みを浮かべ、堅い口調ながらも優しい声で、ルナは語った。

「知りたいのなら教えてやる。別に隠すほどのことでもないんだ。私は成人を迎えた日、ヴァジエーニ様に生涯の忠誠をお誓いした。その際、自分の身を守るため、そして、ヴァジエーニ様に一切の危機が及ばぬようにするため、この身に護身の呪いを受けた。誰も私の心身を侵せぬよう、私の体を流れる血は一滴残らず毒になった。少量なら問題はないが、私の血を大量に浴びた者は呼吸を奪われることになる。運が悪ければ、命を落とすだろう」

「ノクスやエクラはそのことを知ってるのか?」

「もちろんだ。知らなければ一緒に暮らすことはできない」

「体の中に毒を流していて、ルナは何ともないのかよ」

「残念ながら、私自身もこの毒に蝕まれている。――見なさい」

 ルナは黒いワンピースの釦を外し、右の脇腹をヒューゴに見せた。胸から下腹部まで、月の光のように白い皮膚の中、右の脇腹だけが腐敗したように真っ黒になっていた。

「――何だよ、その腹」

 ルナは釦を掛け直した。

「これが呪い焼けというものだ。体の中の毒が皮膚をおかしている」

 ヒューゴは言葉を失い、信じられないものを見たというように、ぼんやりと首を振った。

「どうして……」

 それ以上言葉を紡げないヒューゴに、ルナはそっと歩み寄った。

「そんな顔をするな。私は至って元気だ」

 ヒューゴはルナの肩を掴み、体を激しく揺さぶった。

「どうしてそんな呪いを受けたんだよ。そんなことをしたら命に関わるんじゃないのかよ? 身を守る方法なんていくらでもあるだろ? 他に手はなかったのかよ」

「ない。だからこの方法を選んだんだ」

 ヒューゴは手を離し、視線を落とした。

「ヴァジエーニ様がそんな非道をお許しになるものか……」

「ヴァジエーニ様は最後まで私を説得して下さった。私は自ら望んでこの呪いを受けたんだ。後悔はない」

「だけど……」

「ヒューゴ、私はこの森で、大勢の人と出会ってきた。お前もそうだし、ダンだってそうだ。みんな自分の宿命に向き合い、懸命にその人生を生きている。お前のように何度も私たちに会いに来てくれる人ならいいが、二度と会えない人もいる。みなが元気でいるか、いつもそればかりが気になってしまう。遠く離れていても、私はみなのことを忘れることができない。その大切な人たちとともに、私はこの世を生きる。私たちにしか生きることのできぬ現代を、目を逸らさずに、真っ直ぐと生きていく。ヒューゴ、死ぬことばかり考えてくれるな。私はこうして元気に生きている。この道を選んだ私のことを、どうか信じてくれ」

 降るような月明かりが、居間の窓越しに、じっと二人を見守っていた。

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