3 炎の魔法使い
エクラのもてなしのお茶が終わると、二人は森の巡回や薬草採取も兼ねて森の散歩へ出掛けた。初夏の日射しは遠く冷ややかで、湿った空気が喉を癒した。小鳥のさえずりがどこからか聞こえるが、姿は決して見えない。足元には暗い色の植物が繁っていた。
二人は木の根本に座り、エクラから手渡されたおやつを頬張った。不用意に人に話を聞かれないよう闇の魔法を張り、魔力の闇の中に籠る。
「便利なもんだな、闇の魔法って」
ヒューゴは感心したように闇の覆いを見上げた。ノクスは使い古しの硝子灯を出し、ことんと地面に置いた。
「ヒューゴ、火をもらっていいかな」
「ああ、いつもの硝子玉だな。いいよ」
ヒューゴは指先から小さな火を出し、硝子玉の中に飛ばした。黒くなった芯にふたたび火が宿り、闇の中を明るく照らした。使い古しの玉なので火は一晩しか持たない。二度目のともしびは儚かった。
「闇の力を持った魔法使いってさ、そんなにいないんだろ? 火の魔法使いは掃いて捨てるほどいるらしいけれど」
「そんなにたくさん魔法使いがいたら世の中が大変になるよ。ヒューゴは他の炎の魔法使いに会ったことあるの?」
「ないけどさ」
ヒューゴは初めて会ったときに見せた、あの寂しそうな笑みを浮かべた。
「西の大陸で魔法戦争が起こったの、知ってるだろ。何の罪もない人々の村を、炎の魔法が焼いたんだ。昔起こった副都のクーデターだってそうだ。炎の魔法が人々を襲った。――どうしてなんだろうな。炎の魔法は、いつでも加害者になる。人々の幸福のために使われることはないし、不幸ばっかり生み落とす。――どうしてなんだろうなって、考えるんだ」
自分の立ち入ったことのないヒューゴの苦悩に、ノクスは上手く言葉を掛けられなかった。ヒューゴの横顔を見たままどんな言葉を掛けようかと悩んでいるうちに、ヒューゴの方が先に話を進めてしまった。
「ノクスも満月になると具合が悪くなるんだろ? お互い、大変だな。まるで呪いを受けたみたいにさ。――ああ、呪いと言えば……」
ヒューゴは何か思い出したように手を打った。
「明日、立つ前にルナと二人きりで話がしたいんだ。大丈夫そうか?」
「大丈夫だよ。今晩でもいいんじゃないかな」
「ほんとにいいのか?」
「大丈夫だよ。夜は仕事もないしね」
「悪いな、ノクス。あの姐さんには色々と訊いておきたいことがあるもんだからさ」
「いいよ。そろそろ小屋へ戻ろうか」
「そうだな」
ノクスは新たな炎を得た硝子灯を抱いて闇の魔法を解いた。レモン色の日光が二人の視界に戻り、硝子灯の火は水のように薄まった。
「ヒューゴ」
先に歩き始めたヒューゴの背中に、ノクスは声を掛けた。
「いつも硝子灯に火を灯してくれてありがとう。使い古しだからほんの少しの間しか灯らないんだけど、俺はいつも、ヒューゴの火をもらうことを楽しみにしてる。この火を見ていると、元気になれるんだ。ヒューゴとは年に一度しか会えないけれど、次に会うときまで頑張ろうと思えるんだ。ありがとう、ヒューゴ」
ヒューゴは驚いたように立ち止まり、ノクスを振り返った。逞しい体に、繊細な笑顔が不釣り合いだった。
「ありがとう、ノクス。俺も、人を幸せにする魔法使いでいたいんだよ」
「大丈夫だよ。ヒューゴなら、大丈夫」
硝子灯の火も首肯するように、硝子の中でひらひらと踊った。
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