2 ヒューゴ

 ヒューゴと初めて会ったとき、彼は目覚めたばかりの自分の魔力に戸惑っていた。

「子供の頃に一度だけ、手から火が出たことがあったんだ。友達と遊んでいるときでさ、危うく怪我をさせるところだったんだけど、友達はそのことを覚えていなくて、俺も炎を出したのはそのときの一度きりだったから、あれは夢だったんだって、ずっと思ってた。――でも、そうじゃなかったんだな……」

 ヒューゴは森に射す細い夕日に打たれて寂しそうな笑みを浮かべた。ノクスは彼の隣に座り、今までの生活を突然奪われたヒューゴを思いやった。

 ノクスはルナの導きで幼い頃に魔力に目覚めた。子供のノクスにも分かりやすいように、ルナは時間を掛けて魔法というものの力の存在を教えていった。ノクスは繊細で壊れやすい。覚醒が唐突にならないよう、ルナは細心の注意を払って指導に当たった。その甲斐あって、ノクスも自分の魔力を自然な形で受け入れた。自分の中の不思議な力に対して恐れはあったが、違和感を抱くことはほとんどなかった。自分は闇の力を持った魔法使いなのだと、少しずつ自覚を強めていった。

 それに対してヒューゴは、偶然目の前にいた追われ人を助けるため、突然魔力に目覚めた。魔法使いにとって身を守るための覚醒は一般的な目覚めの手順の一つだが、あまりに突然の出来事で自らの魔力を受け入れられず、追い詰められる魔法使いも多い。ノクスは恵まれた形で目覚めたにすぎないのだ。

 二人はノクスの部屋に籠り、一晩中身の上話を続けた。自分と同じ魔法使いが目の前にいる。自分の気持ちを分かってくれる人がいる。その安堵感に満たされ、二人は自分の思いを何でも隠さず打ち明けた。

 ヒューゴはダンとともに王都へ旅立ち、その後、無事王邸の衛兵に召し抱えられることになった。それから毎年小屋を訪れるようになり、今年も小屋へ泊まりに来るのだ。

 逞しい体付きになったヒューゴは、森の中から大きく手を振り、豪快な笑顔で小屋へやってきた。ノクスだけでなく、ルナやエクラもヒューゴを歓迎した。小屋に着いたとき、ヒューゴが一番最初に視線を注いだのはノクスだった。二人は手を軽くタッチさせると、そのままぐっと固く握り合った。

「元気にしてたか、ノクス」

「うん。ヒューゴは一段と逞しくなったね」

「まぁな」

 ルナもヒューゴに歩み寄り、成長した彼に対して親心に似た視線を注いだ。

「よく来たな、ヒューゴ」

「ああ、ルナ。元気そうで何よりだよ」

 エクラもルナの肩口からひょいと顔を出した。

「ねぇ、ヒューゴ、ノクスに会いに来たのは分るんだけど、ちょっと休んだら? あたしもヒューゴにお茶出すの楽しみにしてたんだから」

「ああ、エクラ、ありがと。俺もそれを楽しみにして来たんだよ」

「ほんと? こうしちゃいられないわ。うんとおいしいお茶入れなくっちゃ!」

 エクラは踊るように小屋へ駆け込み、もてなしのお茶を準備した。

「ノクス、ヒューゴのもてなしはお前に任せる。私はエクラを手伝うよ」

「分かった」

 ノクスの返事を聞くと、ルナも小屋へ入っていった。

 残された二人は改めて友情の挨拶を交わした。

「みんな本当に変わってないな」

「うん。穏やかに暮らしてる」

 ヒューゴはやや声を潜めた。

「ノクスは少し魔力が強くなったんじゃないか?」

「そうだと思う。自分ではよく分からないんだけど、前と比べると、力が強くなったように感じる」

「まぁ、いい。その辺の話をするために、今日はここへ来たんだからな」

「うん。でも、その前に、エクラのもてなしを受けてあげてよ」

 ヒューゴはにっと口角を上げた。

「もちろんさ。それがなきゃ森での滞在は始まらないからな」

 軽やかな足取りで小屋へ入っていくヒューゴの背中を、ノクスは嬉しそうに見つめた。

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