中編 ボディと人格
エクラの出してくれたもてなしのお茶がテーブルの上で湯気を立てていた。
「現在でも新規のボディは作られております。この国ではなく、先進の国で――やはり秘密裏に。わたくしどものような老人には古い価値観がありますから、人格チップを入れ替えてのボディ再利用というものに違和感を抱いておりません。昔は物資も乏しく、新しいボディを一から作るのは大変なことでした。ボディはメンテナンスをすれば長く持ちますので、使い回すのが当たり前だったのです。しかし、人格チップはどれだけ長く持っても三年で果てます。使い回しは無論不可能。ボディは無傷でも、心は死にます。新しい人格チップを入れて再起動したとしても、元の子は決して帰ってはきません。元の子との別れがあまりに悲しく、その子の使っていたボディはもう二度と動かせない――そんな理由で動かなくなったヒューメルンも大勢おります。そして、新しく作られるボディは、そのような観点から、人格チップを入れ替えることを前提としていません。いくらボディが無傷でも、チップが果てたらボディも棺に納める。そんな新しい価値観が主流になっております。アザリアのような三十三番目の娘など、滅多にいないでしょう」
老人は紅茶を啜り、薄い湯気の中で話を続けた。
「とある研究所ではヒューメルンの人格チップの延命化も模索しているようですが、多くの愛好者や技術者が延命化には反対しております。寿命が延びればいいというものでもありませんのでな」
アザリアは二人の話に飽きたようで、いつの間にか席を立ち、キッチンのエクラのそばをちょろちょろしていた。アザリアはとてもロボットには見えない。普通の人間の子供に見える。ロボットならいくらルナの目の前にいようとも、気配など読み取れるはずがない。
「アザリアは一見しただけではヒューメルンとは分かりません。世間の人は彼女がヒューメルンであることを見抜くものなのですか」
「いやいや、見抜かれることはありません。しかし、人目を避けるに越したことはないのです。ルナ様も私どものような怪しい客が来て驚かれたでしょう。町で貴女の評判をお聞きし、ご迷惑を承知でお伺いしたのです。風俗などの資料集めもなさっていると風の噂で聞きましたので、泊めていただくお礼に、この子の身の上話をと思ったのです」
「あのボディは二百年以上、色んな人格を乗り継いで生きてきたようですが、なぜアザリアが三十三番目の人格だと分かるのですか」
「体の中に、設計図や記録書があります。改竄されている可能性もあるのですが、アザリアに関しては、ほぼ正確な記録がされていると見て間違いありません。仲間たちとも散々検証をしましたので」
アザリアはすっかりエクラと打ち解けたらしく、甘えるようにエクラの腰に抱きついていた。無邪気に笑う姿はますますロボットには見えない。
「二階にお二人の部屋をご用意します。今夜はゆっくりとお休み下さい」
客間の用意をしようとルナが立ち上がると、ニック紳士も立ち上がり、深く頭を下げた。
「ご面倒をお掛けします。よろしくお頼み申します」
森の日暮れは早い。外はもう錆色の夕日が細々と射すばかりになった。
アザリアは夕食の最中もエクラの腕にしがみつき、離れようとしなかった。そうしてエクラにしがみつきながら、視線はずっとルナに注いでいた。アザリアの眼球が何でできているかは分からないが、きちんと物を見る機能は備わっている。作り物と分かっているのに、アザリアの瞳は物思わしげに艶を放って美しかった。幼げながら、色々と考え、感じ取っているようだった。
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