後編 森へ戻る
母は山のように料理を並べてエクラの月に一度の帰郷を喜んだ。
五人きょうだいのちょうど真ん中に生まれたエクラには、姉、兄、妹、弟がいた。兄は出稼ぎで年に二、三度しか家に帰らず、妹弟はエクラと同じ私学の学校に通っている。父はこの町で真面目に働き、母は家を守っている。エクラも森へ行くまではこの賑やかな家庭で育ったのだ。
母の用意した大量の食事も、きょうだいたちはあっという間に平らげた。
食事後の皿洗いを母とともに済ませると、エクラは学校の課題を持ち、家を飛び出した。
王都の方では王立の学校があるようだが、末端の田舎町では私学が主流で、エクラもこの町のグレイビ老師が開いている私学に籍を置いていた。魔法使いのため森から出られないノクスも、エクラの手引きで課題を出してもらっている。自分の課題とノクスの課題を抱え、エクラはグレイビ老師の学舎へ飛び込んでいった。
「先生、こんにちは! お久しぶりです!」
「おお、エクラ嬢や。よく来たね。さぁ、見せてごらんなさい。ノクス君も元気かね」
「はい! グレイビ先生にもよろしくと言っていました!」
エクラは二人分の課題を提出した。老師は二人の課題を手早く確認していった。
「二人ともよく勉強できているね。おや、これは何のレポートかな。うんうん。よく調べられておる。もう少し比較対象が多いと面白いかのう。こっちはどうかね。うむ、よくできておる」
老師は独り言のように呟きながら二人の課題を読んでいった。
「ここら辺は次回、訂正してきてもらおうかのう。それから、新しい課題もあるぞ。ちっとばっかし多めに出しておる。頑張ってこなすんじゃぞ。君らは授業には出られんのじゃからのう。はっはっは」
老師は笑いながら、抱えきれないほどの課題をエクラに手渡した。
「あ、あはは……が、頑張ります……」
あまりの多さにエクラも顔を青くしながらひきつった笑顔を見せた。
「期待しておるぞ、二人とも。はっはっは」
課題の重さにふらつきながら家に帰ると、温かい夕食がすでに整っていた。
森の中では食事作りは自分の仕事だが、町では母が用意してくれる。森へ戻ると、もう一ヶ月食べられない、お母さんの料理。
急に胸が切なくなった。
母の作ってくれたトマトスープを、エクラは泣きたくなるような思いで口にした。
エクラが生家に留まるのは一晩だけだ。朝には森へ出発する。
迎えの荷車が生家の前に来ると、母やきょうだいたちが、野菜や小麦、調味料や長持ちする料理を荷車一杯に積み込んでいった。もうどこへも荷物が乗せられなくなっても、母は色んなものをエクラに見せて、「これも持っていく?」と、しきりに訊ねた。
「お母さんったら、もう荷車には乗らないわよ。また今度来たときにもらうわ」
「そう? じゃあ、体に気を付けるのよ。ルナさんやノクスさんにご迷惑をお掛けしないようにね」
「分かってるって!」
赤ん坊を抱いた姉も見送ってくれた。
「体に気を付けてね、エクラ」
「うん! ミーリーちゃん、また遊ぼうね!」
赤ん坊の小さな手を握ると、赤ん坊は難しい顔をしてエクラを疑うようにじとっと見た。まだ顔を覚えてもらうには時間が掛かりそうだった。
荷造りも終わり、出発の準備は整った。
エクラは顔馴染みの木こりと一緒に生家を立った。
「みんな元気でねー! また帰るからー!」
エクラが大きく手を振ると、家族もみんな手を振り返した。
生家が見えなくなると、エクラは前を向いた。
「戻ろう! 森へ! ルナたちが待ってる!」
大量の土産を持って、エクラは森へ戻っていった。
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