第4章 エクラの帰郷

前編 町へ帰る

 月に一度、エクラが町の生家へ帰る日には、静かな森の朝日の中に、元気な声が響き渡る。

「ルナ、ノクス、行ってきます! 明日には帰るからね!」

 思い切り叫んで留守番の二人に大きく手を振ると、エクラは大荷物を抱えながら森を疾走した。片道二時間の道のりを、エクラは一時間半で走り切ってしまう。ルナは木こりの荷車に送迎を頼むつもりだったが、体を動かすことが大好きなエクラ自身が断った。森の中を疾走していると、自分が緑色の風になったような気がした。帰りは信じられないほど荷物が増えるのでさすがに迎えを頼んだが、行きの道のりは、エクラがもっとも体の自由を感じる幸福なひとときだった。

 幼い頃、体の弱かった姉のソラのために、ルナはよくエクラの生家へ薬を届けてくれた。そのときにルナが聞かせてくれた森の生活に憧れて、エクラはあっさりと森へ行くことに決めてしまった。家族もルナもみんな驚いたが、エクラは膨らんでいく自分の好奇心に、嘘はつかなかった。もう十年も森の生活を堪能している。体の弱い姉がいたので、簡単な医術や薬の知識もそれなりに身についた。まだまだ森の生活には飽きない。

 溢れる脚力でぐんぐん足を前へ進め、エクラは生まれ故郷の東の町へあっという間に着いた。

 町中を抜け、生家のドアを勢いよく引き開けると、いつにない大声でエクラは叫んだ。

「ただいま!」

 エクラの元気な声を聞き、まだ幼い下のきょうだいたちが駆けてきた。落ち着いた歩調で姉のソラもエクラを出迎えた。姉は成長するにつれて体も丈夫になり、今では一人の赤ん坊の母親だった。柔らかな母性を丸い肩に宿し、微笑んでいる。

「お帰りエクラ。お疲れ様」

「なんの! ちっとも疲れてないわ。何か手伝うことある?」

 妹の働き虫を、この姉はよく承知していた。家に着くなり手伝いの話をするせっかちな妹に、姉は苦笑いをした。

「帰ってきたばかりじゃない。お水くらい飲んだら?」

 妹は照れ隠しに頭を掻いた。

「あはは……ありがと。じゃ、荷物置いたらもらうよ。――ああ、そうそう。ルナがね、お姉ちゃんによろしくって!」

「ルナさんやノクス君もお元気?」

「みんな元気よ! お昼ご飯の準備してるんでしょ? いい匂いね。あたしも手伝うわ」

「ああ、駄目よ、駄目。あれはお母さんがエクラを喜ばせるために作ってる料理なんだから」

「わぁ、本当? じゃあ、邪魔しないで楽しみにしてるわ。お手伝いは夜すればいいもんね」

「そうしてくれると助かるわ」

 生後半年になる姉の赤ん坊は、エクラにとってかわいい姪だった。あまり会わないので人見知りされてばかりだが、エクラは会うたびにこの赤ん坊を溺愛した。

「ミーリーちゃん! 元気にしてましたかー? もう! こんなに大きくなっちゃって!」

 赤ん坊が人見知りするのを分かっていても、エクラは怯まずに柔らかい体を抱き上げた。赤ん坊はみるみる顔を歪め、わぁわぁ声を上げて泣き出した。

「やっぱお母さんには敵わないか」

 エクラは大人しく赤ん坊を姉に返した。赤ん坊は信じられないほど素早く機嫌を直し、ぴたりと泣き止んだ。本能のまま素直な反応をする赤ん坊に、姉妹はくすくすと笑った。

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