第3章 竜の子
前編 ダン
ダンと名乗る緑髪の青年がここを訪れたのは、何年前のことだっただろうか。ルナにもはっきりと思い出せない。
もとは森の中で出くわしたノクスが小屋に連れ帰ってきた青年だった。ノクスと同じ年頃の少年・ヒューゴも一緒だった。この少年がいなければ、ダンはこの小屋へは立ち寄らなかっただろう。
ダンの体には、人間ではない他の生物の血が流れていた。緑の髪も生まれつきの色ではなく染めたもので、ダンという名前も偽名だった。
みんなが寝静まった深夜、玄関先の階段に一人座り込むダンに、ルナは声を掛けた。
「お前、竜の子だな」
核心を突かれても、ダンは隠し立てすることもなく、すんなりと頷いた。
「くれぐれも内密に頼む。命に関わる」
「竜の骨を呑めば不老不死になれるという言い伝えか。そんなものは愚かなまやかしだ」
ダンは苦々しい笑みを浮かべた。
「不老不死はともかく、竜の血が入った骨肉は希少価値が高くて金になるんだろうな」
生涯世界中を旅しなければならず、数え切れないほどの偽名を持ち、できうる限り容姿や人格を変え、違う土地に向かうときには過去の持ち物全てを燃やして処分する。服も靴も鞄も手紙も、たった数文字のメモ書きでさえ、何もかも全てを灰にする。自分の存在を証明するものは、一切残してはならない。それが竜の血を持つ者の宿命だった。彼らに安住の地はない。
「ヒューゴとは一緒に旅をしているのか」
「いいや、あの少年は南の町の住人だ。夕方、魔法使いに目覚めたばかりだ。広場の混雑の中で、炎の壁を出した」
「それで町にいられなくなり、成り行きで連れ立ってここへ逃げてきたわけか」
「もとはと言えば俺を追っ手から庇うために発動した魔法だったからな」
「誰かに素性を知られたのか」
「いいや、昔馴染みの刺客だよ。狼のような獣を十匹ほど連れていた」
ルナは呆れたように首を振った。
「ずいぶん仲のいい刺客がいるんだな」
ダンは苦笑いした。
「どこで嗅ぎ付けたのか、この国にいることがばれてしまってね。上手く隠れていたつもりだったんだけど。ただ、ヒューゴの炎で獣は驚いて散り、刺客も獣を追ってどこかへ行ってしまったよ」
「ヒューゴとノクスが親しく話をしていたのは、同じ魔法使いだったからか」
数時間前に魔法使いに目覚めたばかりのヒューゴと、魔法使いだったために幼い頃から町を出て森で過ごさなければならなかったノクスは、すぐに意気投合し、ずっと二人で会話をしていた。
「ダン、お前たち二人はこれからどうするんだ。ずっとヒューゴと一緒に旅をするわけにもいかないだろう」
「王都までは一緒に行く。ヴァジエーニ王ならヒューゴを引き取ってくれると思って」
「確かに間違いはないだろうな。それより、お前に掛けられている竜神様のご加護は随分と弱っているようだが」
「……貴女にはそんなことまで分かってしまうのか。俺の父は高齢で、もう力も弱まっている。もらえる加護の力が弱いから――ここから先は自衛のために言わないでおく。ルナになら分かるだろ?」
実父である竜神のもとへ定期的に加護を受けに行かなければならない。――ダンはそう言うつもりだったのだ。
刺客に追われているのに定期的に決まったところへ出向かなければならないのは危険だ。罠を張られたり待ち伏せをされる可能性が跳ね上がる。
もっとも、純粋な竜は常に気配を消しているので滅多なことでは見つからない。ダンに掛けられた加護にも、気配を消したり誤魔化したりする力があるようだった。
しかし、ダンには半分、人間の血が流れている。竜神の加護がなければ、簡単に居場所が知られてしまうのだ。
自らの存在を誰にも知られてはならない。
そんな宿命を背負った旅人と出会ったのは、ルナもこのときが初めてだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます