後編 満月の手紙
ノクスは闇の力を持つ魔法使いだ。日光は大丈夫だが月光には弱く、彼の寝室は地下にあった。ノクスにとっては人工灯が癒しの光だ。硝子灯を見つめる彼の眼差しは星のように輝いた。
ノクスは満月の前後になると激しい頭痛を起こし、倒れてしまう。気分は憂鬱で、とにかく嫌な記憶ばかりが脳裏に蘇るようだった。
ルナは両親からの手紙を机の上に置き、ノクスに鎮静薬を飲ませ、枕元に精油灯を灯した。三十分ほど経つと、顔色もよくなり、痛みでこわばっていた体もほぐれていった。
「ルナ……」
ノクスはぼんやり目を開けてルナを呼んだ。
「……俺、やっぱり今日もいつもと同じことを考えていたよ。答えはいつもと同じ。普通の人間に生まれたとしても、今より幸せな人生があったとは限らない。この性格や考え方で生きていくのなら、普通の人間に生まれてきたとしても、きっと今と同じように悩み苦しむ人生を送っていたと思う。父さんや母さんには悪いけど、こんな気弱な自分、見られたくはないな。ルナのところへ来て本当によかった」
ルナはベッド脇の椅子に腰掛けた。
「そのご両親から手紙が届いているから後で読みなさい。ご両親もノクスが普通の子供だったら、ということをお考えになったことがあるのかもしれない。だが、お二人はありのままのノクスを本当に大切にしておられる。もうお前が大きくなったから距離を置きはじめたようだが、今でも自慢の子だとずっと思って下さっているようだぞ」
ノクスは照れ隠しのようにふっと溜め息をついた。
「起きられるようになったら返事を書くよ。満月だから俺のことを心配して書いてくれたんだろうね」
「きっとそうだろう」
「森は誰もいないからいい。町には人がたくさんいすぎる。きっと、町での生活は息苦しいんだろうな」
「そうだろうな」
「ルナとエクラが俺のことを受け入れてくれたから、俺はここでやっていけるんだ。……町ではやっていけない」
「ノクス、気分はまだ落ち込むか」
「さっきよりは大分いいよ。よく効く精油だね」
「頭痛は?」
「もうすっかりいいよ」
「白湯を持ってくる。何か食べられそうか?」
「……ああ、そういえばお腹が空いたな……」
「エクラに知らせてくる。お前が元気になったと知ったら喜ぶよ」
踊るように喜ぶエクラの姿が二人の脳裏にさっと浮かび、二人はくすくすと笑った。
「粥を作ってもらうから、ノクスはまだ寝ていなさい」
「うん、ありがとう」
ルナは小さく笑ながら部屋を出ていった。柑橘精油の香りが部屋一杯に残った。
粥を待っている間、ノクスは両親の手紙を読んだ。
――ノクスへ
もうじき満月ですね。具合はどうですか。少しでも体が楽でありますように祈ります。
将来のことですが、あなたなら十分、王都の王様のお役に立てると思います。
たくさん勉強をして多くの物事を知り、いつか立派に王様に尽くしてください。
こちらは何も心配することはありません。父さんも母さんも元気で、町の人たちも親切です。
お米や野菜をそちらへ送りました。みんなで食べて下さい。
ルナさんやエクラさんにもよろしくお伝え下さい。
どうか体に気を付けて。また手紙書きます。
――父母より
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