第2章 闇の魔法使い

前編 出会い

 ルナの弟子である少年ノクスは元々バーソの町に住んでいた。

 十六年前、ノクスが生まれた日、家族は幸せに包まれていた。両親は彼を大切に育て、愛情を注いできた。

 転機が訪れたのは六歳の頃。突然、見ず知らずの老人が両親の元を訪れ、こう告げた。

「ご両親にはショックかもしれんが、この子は魔法使いじゃ。魔力を感じる。しかも滅多にない闇の力。儂も伝聞でしか知らんかった」

 この老人は旅の途中、ノクスの強い気配を感じ、それを辿ってここまで来たとのことだった。

 両親は驚いたが、ショックよりも納得の感情の方が強かった。引っ込み思案ながら至って普通の子であったが、黙ってお絵かきをしている時や静かに窓の外を眺めている時、小さな体から得も言われぬ力が発せられていることを感じた。例えるなら、強い風に吹かれて体が壁に押し付けられるような、そんな迫力を幼い体から感じることがあったのだ。目に見えるものではないだけに、両親も気のせいだと思い込もうとしたし、誰かに相談もできなかった。その謎を、この旅の老人が解き明かしてくれたのだった。

 しかし、魔法使いなど滅多にいるものではない。特殊な力を持った子を周囲は受け入れてくれるのだろうか。引っ込み思案で大人しくて、自分のことをあまり話してくれないこの子のことを――。

 両親はノクスの魔力よりもそちらの方が気掛かりだった。

 老人も決して明るい顔はしない。

「儂も魔力を持って生まれた。だが、人々は魔法使いを恐れておる。誰かに気付かれたら厄介だ」

 両親はそれを聞いて不安そうに顔を見合わせた。老人は続ける。

「心配することはない。町外れの森の中に魔法使いに詳しい薬使いの娘がおる。まだ若いが聡明で知識があり頼りになる。きっとあなた方の力になってくれるだろう。早速手紙をしたためよう。彼女の烏がひとっ飛びで届けてくれる」

 老人は鞄から紙とペンを出すと、手早く手紙を書いた。

「儂は自分が魔力持ちなのであの子の力にも気付いたが、普通は滅多に見抜かれたりせん。知らぬ顔をして、普段通り生活していればよい」

 老人はにこりと笑う。そして、窓から顔を出し、空に向かって手を叩いた。空の彼方から一羽の烏が飛んできて、窓辺に降り立つ。老人はその烏の足に手紙を取り付けた。

「ルナ嬢へ、よろしく頼む」

 烏はこくりと頷くと、けんけんと跳ねながら方向転換をし、翼を広げてぱっと飛び立っていった。

 ルナがノクス少年のことを知ったのはこの時だった。

 滅多に森を出ないルナが何度もバーソの町へ通い、ノクス本人や家族と面談を重ねた。

 この時、既にルナの弟子として森で生活していたエクラもノクス一家と顔を合わせ、持ち前の社交性であっという間に打ち解けてしまった。

 幼いノクスや魔法を知らない両親のために、ルナは惜しみなく魔法の説明をした。普通とは違う子に生まれたことに対する不安も一家にはあった。そんな時、根の明るいお転婆娘のエクラが屈託なくみんなに話し掛けたり笑顔で手を繋いだりするので、ノクスの両親もノクス自身も気が楽になった。保護者のルナはエクラのお転婆ぶりに内心冷や冷やしながら、誰にも務まるものではない潤滑油の役割を果たしてくれる彼女にありがたさを覚えた。

 一年間、時間を掛けて面談を重ね、揺るぎない信頼関係を築いた後、安全な場所で魔力を学ばせるため、ノクスはルナの元に預けられることになった。

 別れの日、両親は自分達の名前が刻まれた結婚指輪二つをチェーンに付けて、ノクスの首に掛けた。そして、まだまだ小さな我が子の体を固く抱き締めた。

「ノクスは私が責任をもって預かります。手紙も欠かさず送ります。彼のことが心配になったら、どうぞ遠慮なく会いにいらしてください。いつでもお待ちしておりますので」

 ルナはそう両親に約束した。

 それから、ノクスの両親は月に一度ルナの小屋を訪れ、ノクスの成長を見守った。慈悲深い眼差しは離れて暮らすノクスへの愛に満ちていた。

 ノクスを預かってから九年、彼は十六歳の凛々しい少年に育った。両親はもう滅多に小屋へは来ないが、月に一度、手紙が届いた。

 さっきも手紙が届いたが、ノクスは体調を崩していてまだ読めていない。

 ルナは鎮痛薬と心を落ち着けるための精油灯を用意し、ノクスの部屋へ向かった。

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