第2章 闇の魔法使い

前編 出会い

 ノクスが産まれた日、家族は幸せに包まれていた。両親は彼を大切に育て、愛情を注いできた。

 ノクスが六歳になった頃、年老いた旅人が町で偶然ノクスを見かけ、目を剥いた。そうして彼の家に出向き、両親に告げた。

「ご両親や、ショックかもしれんが、あの子は魔法使いじゃ。魔力を感じる。こりゃあ滅多にない闇の力じゃ。ワシも伝聞でしか知らん」

 両親は驚いたが、ショックよりも納得の感情の方が強かった。ノクスは引っ込み思案な子ではあるが、人並みに心の豊かさがあり、言葉や文字、数字への理解もやはり人並みだった。一見変わったところは何もないが、両親は我が子に何かがあることを予感していた。誰かに言っても分かってもらえないと思い両親は口を噤んでいたが、正体の見えない何かが我が子の中にあることを、心の中でずっと感じていたのだった。その謎を、この旅の老人が解き明かしてくれたのだ。

「ワシも魔力を持って産まれた。人々は魔法使いを恐れておる。誰かに気付かれたら厄介じゃ」

 我が子の謎は解き明かされたが、魔法使いの育て方などもちろん分からない。ノクスの両親は顔を見合わせた。

「心配することはない。町外れの森の中に魔法使いに詳しい薬使いの娘がおる。まだ若いが聡明で知識があり頼りになる。きっとあなた方のお役に立つはずじゃ。早速手紙をしたためよう。彼女の烏がひとっ飛びで届けてくれるわい」

 老人は鞄から紙とペンを出すと、手早く手紙を書いた。

「ワシは自分が魔力持ちなのであの子の力にも気付いたが、普通は滅多に見抜かれたりせん。知らぬ顔をして、普段通り生活していればよい」

 老人が窓から顔を出し空に向かって手を叩くと、一羽の烏が窓辺に止まった。老人はその烏の足に手紙を取り付けた。

「ルナ嬢へ、よろしく頼む」

「……くぁ……」

 烏は遠慮がちに小声で鳴くと、けんけんと跳ねながら方向転換をし、翼を広げてぱっと飛び立っていった。

 ルナがノクス少年のことを知ったのはこのときだった。

 滅多に森を出ないルナが何度も町へ通い、ノクス本人や家族と面談を重ねた。

 ちょっと前にルナのもとへやってきたエクラも一緒に連れて行くと、固体が液体になってあっという間に混じり合ってしまうように、エクラはノクス一家と打ち解けてしまった。

 幼いノクスや魔法を知らない両親のために、ルナは惜しみなく魔法の説明をした。普通とは違う子に産まれた不安も一家にはあった。その不安を打ち消してしまったのが、根の明るいお転婆娘のエクラだった。他人の事情を気にせず幼子らしい無邪気さでいつもノクスと遊ぶことを楽しみにしていた。

 一年間、時間を掛けて面談を重ね、両者の間には強固な信頼関係ができた。そして、ノクスに安全な場所で魔力を学ばせるため、ルナのもとに預けられることになった。

 別れの日、両親は自分たちの名前が刻まれた結婚指輪二つをチェーンに付けて、ノクスの首に掛けた。エクラは友達と一緒に暮らせることが嬉しくて喜んでいたが、別れ際にノクスを固く抱き締めた両親は、胸が張り裂ける思いだっただろう。

「ノクスは私が責任をもって預かります。手紙も欠かさず送ります。彼のことが心配になったら、どうぞ遠慮なく会いにいらしてください。迎えを寄越しますから」

 ルナはそう両親に約束した。今でも胸の中に深く刻まれている約束だった。

 ノクスの両親は月に一度ルナの小屋を訪れては、ノクスの思い出話を聞かせてくれた。慈悲深い眼差しは離れて暮らすノクスへの愛に満ちていた。

 ノクスを預かってから九年、彼は十六歳の凛々しい少年に育った。両親はもう滅多に小屋へは来ないが、週に一度、必ず手紙が届いた。

 さっきも手紙が届いたが、ノクスは体調を崩していてまだ読めていない。

 ルナは鎮痛薬と心を落ち着けるための精油灯を用意し、ノクスの部屋へ向かった。

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