後編 対峙 (2020.7.24 改作)

 ルナは黒いローブを翻しながら森を小走りに進んでいった。背中の長い黒髪が朝日に打たれて艶めいた。

 邪気は自分の居場所を誇示するように強い気配を放っている。

 一人でいるのだろうか。それにしても奇妙な気配だ。仄かに魔力を感じる。相手は魔法使いか。だが、魔法使いではない、何か別の悪意も感じる。どういうことなのだろうか。ルナは辺りを見渡しながら、慎重に足を進めていった。

 木立で視界が遮られる中、ふと目の前の木の裏から何か足音が聞こえ、ルナは立ち止まった。細い影が揺らめいている。

 息を殺してそちらを伺っていると、やがてその木の裏から一人の男が姿を現した。二十代前半の若い男に見える。痩せた体にロングコートを着込み、帽子で顔の上半分を隠している。ぞっと鳥肌が立った。ただの男ではない。

 男はルナの目の前に出ると、細い頬に不気味な笑みを浮かべた。

「ああ、さすがルナ様だ。私の気配に気が付いて、自ら出向いて下さった。わざわざ来ていただかなくても、私の方からお伺いしたのに」

 どこで嗅ぎ付けたのか、相手はルナの名前まで知っていた。

 彼の赤紫色に光る目を見た瞬間、ルナは全てを悟った。

――この男、魔法使いを呑んだのか?

 男はルナの驚く顔に満足して、その独特の目を光らせた。

「私がどんな悪事を働いたのか、見抜いて下さったようですね」

 男は悦楽を隠さなかった。むしろ見せびらかすように笑っている。

 ルナは髪が逆立つような怒りを抑え、静かに言った。

「お前、とんでもないことをしたね」

 咎められても男は平気な顔をしていた。

「炎の魔法使いを呑みましたからね」

「なぜこの森に来た」

「おや、わざわざお訊きにならなくても分かるでしょう。この森にも魔法使いがいるではないですか。とても美しく、強い力だ」

 ノクスのことか、とルナは眉を顰めた。

「滅多にない、闇の魔力だ。ぜひお会いしたいものですね、その魔法使いさんにも」

 ルナは呆れたように目を閉じた。

「炎の魔法使いだけでなく、闇の魔法使も欲しいか」

「闇の魔力は幻とまで言われた稀少なものです。ぜひ、味わってみたい」

「お前、その少女をどうするつもりだ」

「私の呑んだ魔法使いのことですか? 貴女には何でも分かってしまうのですね。呑まれた者の性別や年齢までお見通しとは。これはお見逸れしました。貴女が匿っておられる闇の魔法使いさんの素性も、少しは知りたいものですね。どんな方なのか、ご紹介いただけませんか」

 ルナはその言葉には答えず、男の腹を見つめた。

「もう一度訊く。その少女をどうするつもりだ」

 彼は赤紫色の目を激しく光らせた。

「このまま腹の中へ匿っておくつもりです。彼女の力は私のものだ」

 ルナは彼の体躯を探るように眺めると、僅かに憐憫を含んだ声色で言った。

「お前のその痩せた体と赤紫色の目、魔力中毒者だな」

 彼は驚いたように目を見開いた。

「なるほど。そんなことまで見抜いてしまうのですね。驚きました」

 男は独特の目を隠すように、帽子の鍔を深々と下ろした。

 ルナは彼の中に感じる炎の魔法使いの少女に向かって声を掛けた。

――しばらく辛抱しなさい。時は必ず来る。

 ルナの声は捕らわれの少女に届いたようで、彼女が首肯するのがルナにも分かった。

 彼は身を翻し、肩越しに別れの言葉を残した。

「では、名残惜しいですが、そろそろお暇します。闇の魔法使いさんへ、どうぞよろしくお伝えください。いつか必ず貴方の魔力をいただきますと。お会いできて光栄でした、ルナ様」

 彼は墨絵のような影になり、森の奥へ消えた。

 ルナは彼の気配が消えるまで、森の中に立ち尽くした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る