第3話 劇的な展開
七色に色彩を変える蝶。
真っ赤な羽をもつ烏。
双頭のミミズ。
その他にも何の種族かは分かるが、見覚えのない特徴をもった生物がこの部屋には溢れかえっていた。
――但し、標本として。
大きさは関係ない。大きなものから小さなものまで、とにかく一風変わった特徴をもつものが壁一面、天井一面にさえ飾られている。
そして、その部屋にある机の上では、白い蛇の姿に向かって銀色の針がぷすり、ぷすりと突き立てられる。
首にひとつ。胴体に三つ。尻尾の先にひとつ。
「んふふふふふ。これはこれでいいねぇ……」
針を刺し終えた蛇に向かってうっとり微笑む男。ありていに言って非常に危ない。変態だ。
それを見てワタシは――
心臓に悪いわ! 頭がバクバクするじゃないっ。どうして起きて早々、自分の抜け殻がいじめられている姿をみなきゃいけないの!
寝起きで絶叫する。脱皮後の眠りから無事に目覚められたと思った矢先にこの光景。幸先が悪いにも程があるでしょう。
もう……起きて悪夢見るとか訳わかんない。字面どおりの意味で寝覚めが悪い。一瞬自分が死んだかと思った。
でも、あれ下手するとワタシの未来の姿なんだよね……
起きて確信した。この部屋の状況と昨日までの男の言動。ここまで見せられれば猿でも分かる。この男、標本狂いだ。
変わったものを見れば標本し、珍しいものを手に入れれば標本し、貴重なものを聞きつければ標本する。そういった手合いだ。
つまり、この男の興味を引けば引く程ワタシは標本化一直線。なんとしても興味を引かないようにしなくては。
目立てば標本、尖れば磔。異彩放てば仲間入り。この事実を忘れないように行動すべきだろう。
よって今すべき行動は――
逃げる一択!
余計に目立つ? 知った事か。すでにもう脱皮という明確な特徴を示しているのだ。引かない興味が既にない。もう大注目だ。ぞっこんだ。
ワタシの抜け殻見て悦に浸っているのよ? 他人の剥げた皮みて興奮するとか……この変態めっ。目立つ以前に誰がそんな奴の傍に居たがるって言うんだ。ありていに言って気持ち悪いわ。
色々感じる身の危険から逃れるためにしゅるりしゅるりと無音で動く。
さよならワタシだったもの。お前を犠牲にワタシは生きる。言うなれば蜥蜴の尻尾きりならぬ蛇の脱ぎ逃げだ。まさか抜け殻にこんな使い道があったなんて。自分でも驚きだわ。
気っ色悪い笑い声を背後に外に向かう。そこで問題発生。扉が邪魔だ。
聳え立ち、嘲笑うかのように高所にある取っ手。極めつけに取っ掛かりのない滑らかな表面の仕上げとか……
いったいどう開ければいいのよ! 匠め。いい仕事しやがってんじゃないわよ。
一分と経たずに躓いた逃走。ワタシは扉の前でおろおろする。手も足も出ない。蛇だから手足ないけど。
……こうなったら仕方ない。絶対に逃げ出したのに気づかれるからしたくはなかったけど、あれをやるしかない。いくぞワタシ。やるぞワタシ。機会は一瞬。しくじれば標本まったなしだ。
全身の力を集中させて――一気に解放。それと同時にワタシの体が巨大化する。
するすると体長を増大させとぐろを巻く。
ぐるぐるぐるぐる回る視界。徐々に近づく取っ手との距離。そして彼我の差が埋まった瞬間、ぱくりと咥える。
ふぉっひゃあ、へいこうだ!
咥えたそれを捻りながら成功の雄叫びを上げる。
扉なんて少し開けばこっちのものだ。隙間さえあればワタシは何処にでも行ける。
いざや外へ!
景色が標本だらけの部屋から窓越しに緑が見える廊下の光景に切り替わり――ぐいっと何かに引っ張られる。
ぐわんっ!
ドコっ
べちん。
なんという事でしょう。希望に満ち溢れた一歩を踏み出した瞬間、引っ張られた反動で頭が宙をうねり、扉の鴨居に強打し、ついた勢いそのままに床に叩き付けられたではありませんか。希望と絶望ってこうも劇的に移り変るのですね。
「逃げたら刺すよ?」
ワタシはもう逃げません……と言うか逃げれません。だからせめて、優しくして。痛くしないで。即死希望です。
尾の先端をがっしり掴まれたワタシはもう成すがままだ。こうなってしまっては逃げられない。受け入れよう。
「油断も隙も無いな。せっかく手に入れた面白いものを逃がすとこだった。
……やっぱり生かしたまま楽しむのは難しいや。気を付けないと」
ふぇ? 今何と……? 生かしたままって言ってませんでした?
まさかね。きっと勘違いだ。声の振動を拾い間違えたのだ。
だってこの標本狂いが標本しないなんてありえない。部屋の一面を標本で埋めつくすような変態よ? 標本しないと死ぬ体に違いないんだから。
気休めの希望など抱かず全身をさらけ出す。そんなワタシを見下ろして男は言った。
「今度はぴくりともしなくなったなこの蛇……。もしかしてさっきの打ち所が悪かった? せっかく生かして楽しもうと準備してたのに……。
しょうがない、死んじゃったなら標本するか」
生きてます生きてます! ワタシ超生きてます!
生存を知らせるために胴体起こして男に訴える。尻尾持たれているから腹筋運動みたいになって辛いです。でも頑張る。ここがワタシの分水嶺。
体をくの字に折り曲げて生存を知らせ、男の目の前で体をくねくねみょんみょんする。なんかオスに媚びてるみたいで悲しくなる。もういっそうっふ~んとか言ってやろうか。開き直れば楽になれるかもしれない。
うっふ~ん
「うわっ気持ちわる!」
ちくしょう!
やるんじゃなかった。ワタシの声なんて理解できてないはずなのに、動作だけで気色悪がられた。屈辱だ。変態に引かれるなんて屈辱だ。
後悔の念がぶすぶすと突き刺ささる。針よりも痛いです。
「と、とりあえず生きてるみたいでよかった。これから楽しませてもらうから。……できれば気持ち悪くない方向で」
痛いよぅ、心が痛いよぅ……
しくしくと涙が止まらないワタシを男は抱え直し、部屋の隅に置かれた厚い布の上に放される。
うん? これは……寝床?
布の上をぐるりと回り、とぐろをまいて収まりを感じる。悪くはない。うん、悪くはないです。
思いのほかぽかぽかする布団が割と居心地よくて動きが止まる。
やっぱり床はだめだ。ちょっと冷たいもの。温めのここがちょうどいい。
「気にいったみたいだな。これで一安心か……? もう逃げようなんてするなよ。外に出たってお前じゃどうせ生き残れないんだから」
そう言えばそうだった。ワタシ、この家がある森でズタボロにされたんだった。つい男が危険で気持ち悪くて変態だったから逃げようとしたけれど、ワタシに最初から逃げ場なんてないんだった。
でも、いっか。なんかワタシを標本にする気は無くなったみたいだし。逃げても地獄なら、まだ生きていられる方が良いものね。
はあ、人に畜われて生きるしか道がないなんて……
ワタシが畜生だったよ
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