猫助(朝方・冒険・ゴミ捨て場)
猫助にとって今日は大事な日だった。週に一度の食料獲得の日なのだ。学生の住む街で生きている野良猫の猫助は、今日という日をいつも楽しみにしていた。
学生の食べるものということで、油っぽいものが捨てられていることが多い。食べかけの焼肉弁当やケーキ。そういったものは、老人が住む団塊地域ではあまり多く見かけられない。だから猫助もそうだが、学生の街に住む猫は皆んなぶくぶく太っていた。
人間の私達からすると考えられないが、このゴミこそが猫にとってのご馳走であり、宝物と言っても過言ではないのかもしれない。
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人間にとってはただちょろっと歩くだけでめんどくさい事のように思えるかもしれないが、猫にとっては命がけの大冒険と言える。
カラスも人間も猫にとっては敵だし、ゴミ捨て場まで行くのにわざわざ遠回りするしかない。塀を越え、路地裏を抜けて行くのだ。
いわゆるゴミ収集車というやつが来るのは、日が明けてだいぶの事だったが、カラスが待ち構えているのでこの時間にゴミを漁るのは持っての他だった。かと言って早すぎても、前日にゴミ出しをしないか見張っている大家に見つかって箒で思い切り叩かれるので、これもまたいけない。
猫助は、カラスにつつかれ、大家に尻を叩かれ、夜明けをするかしないかのギリギリで漁ることが一番良いタイミングだと発見したというわけである。
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冬の夜明けは一段と綺麗で輝いていた。向こうの山と山の隙間から丸いはずの太陽がつららのような形になっていた。
猫助は太った体をのっそり動かし、駐車場の下から這い出た。途中、毛皮が突っかかって出にくかったけれども、なんとか出ることはできた。
どうやら今日はカラスも大家もいないらしい。そうキョロキョロ周りを見渡して確信した猫助は片足片足リズムよく、育ちが良い猫のように歩いた。
今日は、わざわざ遠回りをしなくても良いし、何せ心置きなく漁ることができるのだ。
ご機嫌な猫助の太った腹が揺れる、揺れる。
お調子者の猫助は嬉しさのあまり周りを確認せずに歩っていたからか、後ろから近づく大きな影には気づかなかった。
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猫助はいきなり宙をまった。だんだん高くなっていくのと、何か締め付けられるように感じられた。
敵の正体が見えないが、猫助は瞬時に相手の正体を突き止めた。
「鼻をピクピク動かすと臭い。これは人間だ」
猫助はさっきまでのお調子者とは打って変わって必死に手を動かした。
しかし、太った猫助はうまく手を動かせない。
猫助は次に噛み付いてやろうかと思った。
しかし、太った猫助はうまく噛みつけない。
そうこうしている間に、猫助はどこかへ連れられていく。その間に人間が猫のように頬ずりをしてきて、少し満更でもないような気持ちになった。
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猫助は人間の住処の前でおろされた。
人間は降ろした途端に、頭をいくらか撫でて、扉を閉め中に入っていった。
猫助はすぐさま逃げようとしたが、人間に頬ずりをされた感覚と頭を撫でられた感覚がどうも忘れられなくてそこでもじもじしていた。
もじもじしていると、扉が開き、人間は何かを目の前においた。
それは猫助が特に好きな、牛の焼肉弁当だった。しかも、いつも見るようなぐちゃぐちゃで、すこし色がおかしいような弁当ではなく、ぴっしりと規則正しく敷き詰められた焼肉弁当だった。
そこから湯気のようなものが出ている。
人間はしゃがみ込むでまた頭を撫でる。
人間が何を言っているかわからない。しかし、何回もこの人間が自分を撫でるということは食べてもいいのではないか。猫助はそんな気持ちになっていた。
ペロペロ舌を出してみる。けれども人間は何もしない。少しかじってみる。けれども人間は何もしない。
猫助はがっついて食べ始めた。自分の大好きな焼肉弁当はとても美味しかったが、それよりも食べてる間に頭を撫でられているのが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。野良猫になってから一度も人間に撫でらなかった。猫助は結局のところ、孤独に生きる野良猫になりきれない猫だった。
猫助が食べ終わると、人間はまた扉を閉めようとしていた。猫助はすかさず、人間の足元に飛びついて頬ずりを始めた。
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猫助は今頃甘やかされてもっと太っているかもしれないし、逆に厳しくされて痩せているかもしれない。
けれどもどっちにしろ猫助は幸せになっていることだと思う。
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