とかげのワンアワー三題噺
@tokage014140
通勤爆発教(協会・通勤・日本)
私が大学へ行くために歯磨きをしていると、インターフォンが鳴った。モニターをのぞいてみると、スーツ姿に身を包んだ白髪の男性が映っている。
「こんにちは。今ちょっとお時間よろしいでしょうか?」
厄介なことになったな。そう思った。この手のお尋ね者は怪しさ極まりない。たまにくる電気やガスの点検だったら、必ず会社の名前やら自分の名前を名乗るものだ。しかし、この男性は名乗らない。ということはそれ以外で訪れたということであり、大体そういう時は宗教勧誘と決まっている。
宗教勧誘が来た時は、いつも無視をして過ぎ去るのを待つのだが、今回はそういうわけにも行かない。あと十分ほどで、大学の講義が始まってしまうからだ。
「すみません。もう大学へ行かなくてはならないので、また後でいいですか?」
とモニター越しに話したが、
「いえ、すぐ終わりますので」
と答えて、一向に帰ろうとしない。
私は、歯磨きを終えてしまったので、リュクサックを背負った。こうなったら、強引にあの男性を押しのけていくしかないと思った。
私は自転車の鍵をポケットに入れ、家の鍵を手に外へ出た。男性は満面の笑みを浮かべ、
「良かったお話を聞いてくださるのですね!」
などとほざいていたので、私は退いてくださいと冷たく一言述べて、家の鍵を閉めた。そのままアパートの駐輪場に向かおうとすると、男性はまた口を開いた。
「実はですね。今回私が来たのはですね。通勤爆発教のお誘いなのですよ」
通勤爆発教?中々ユニークな名前の宗教だな。そう思ってしまった。どうせまだ大学の講義は休んだことはないし、一回ぐらい休んでも大丈夫だろう。なら、この面白そうな宗教の話を少し聞いてみてもいいのではないか。そういう考えが頭を巡った。
「あの?通勤爆発教…さんでしたか?」
「はい?そうですが?」
「あの目の前の喫茶店で少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
*
私と宗教の男は、自宅の目の前の喫茶店に入り、二人で紅茶を頼んだ。紅茶がくるまでのあいだ、男は宗教の話を全くせず、私がどのようなサークルに入っているのか。私の出身はどこか。などを聞いてきた。話をしてみると、男性の印象は聞き上手だなと感じた。宗教勧誘に来ているのだから当然といえば当然かもしれない。
紅茶がちょうど二人分運ばれてきたときに、私から口を開いた。
「それで、通勤爆発教とはどういった宗教なのですか?大変失礼ですが、耳に挟んだことがないのです…」
男性は、気を悪くせずむしろにこやかに口を開いた。
「そうでしょう。そうでしょう。何しろ最近できたのですよ。この宗教は少し変わっていましてね。教祖や神を持たないのですよ」
私は少し紅茶に口をつけて、疑問を投げかけた。
「それでは、宗教と呼ばないのではないですか?」
「おっしゃる通りです。確かにそういったものは存在しませんが、代わりに私達の信念を擬人化するなりなんなりして崇めているのです」
男性も紅茶に口をつけた。
「私達の信念は満員電車や渋滞への恨みです。それが神であり、教祖なのです」
男性はネクタイをほどき、深く息を吸い込んで話し始めた。
「いいですか。昨今の日本の満員電車事情は見るに堪えません。乗車率ってありますよね?あれが100パーセントを超えてしまうのだから、話になりません。車で通おうにも、同じことを考える人はやはり存在しましてね。会社の周りの道路は混雑するものです」
「なるほど。その不満や怒りが教祖や神という形に姿を変えているのですか」
「そうです。私達の神と信じるのは、通勤への怒りを体現したジェイアール様です」
私は初めに聞いた時その名前にして良かったのか疑問が残ったが、気にしないことにした。
「それで、活動とかは何をされているのですか?」
「活動はですね。教会である、NewDaysへの参拝。これだけです」
「それだけ、ですか?」
「それだけです。私達は日曜日の深夜十二時にNewDaysに集まり、月曜日の朝の通勤時間までジェイアール様に祈りを捧げます。そして通勤時間になったら、ジェイアール様万歳!満員電車は滅ぶべし!と叫ぶのです」
私はむしろジェイアール様がお怒りになるのではと思ったが、またもや口を閉じた。
「私は無理にとは言いません。ただ、あなたも想像してごらんなさい。大学を卒業して毎朝満員電車に乗る苦しみを。私たちが声高に叫べば、あなたが卒業する頃には改善されるかもしれません。そして、もし興味がありましたらここに電話をしてください」
そう言って名刺を私に渡した。名前の下に電話番号が書いてあり、その下には会社のような名前が書いてあった。
「株式会社〇〇取締役」
その会社は大手とは言えないものの、最近CMなどで見る会社だった。私は宗教に全く興味がなかったが、この男性とコネクションを持てば、就職先も安泰だと考えた。
「またよろしくお願いします」
そう言うと、男性はニコリと笑った。
*
私は今、その会社に勤めている。会社も大手上場企業となったが、そんなことはどうでもいい。ただ、通勤爆発教を中心理念とした会社が素晴らしいのだ。もう私は通勤爆発教無しの自分を考えることはできない。この素晴らしい宗教を広めれば皆幸せになる。そう思いながら、今日もNewDaysへ向かう。
『ジェイアール様万歳!満員電車は滅ぶべし!』
そう叫ぶと多幸感が押し寄せるのだ。
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