21時15分

城崎

整えられたかわいらしい室内にある無機質な鉄格子

「んっ……」

 かわいい彼女が、ようやく目を覚ました。

「おはよう、楓」

「優香里……? もうおはようの時間なの?」

「ううん。まだお休み前と言ったところかしら」

 寝ぼけ眼をこすりながらも、声で私が周囲にいることを理解したのだろう。溶けるような甘い声が聞こえたかと思うと、同じ口からひゅうと息を呑む音が聞こえた。

「な、なにこれ」

 その目は驚きで見開かれる。

「鉄格子よ」

「そのくらい分かるよ」

 彼女にとって自らが鉄格子に入れられているという状況は、受け入れがたいものらしい。さっきまでの眠気など、一瞬で吹き飛んでしまったようだ。そのまま鉄に縋り付き、力いっぱいに揺らし始める。

「どうして見てるだけなの? 出してよ」

「出すわけがないでしょう」

「冗談はやめて!」

 普段の彼女であれば絶対にあげないだろう荒げた声を出して、彼女は必死に抵抗を続ける。起き抜けにもかかわらず元気なのは彼女の元々の性質なのだろうか。それとも、火事場の馬鹿力がそうさせているのだろうか。

「冗談なんかじゃないわ。これは必要なことなの」

「なにが必要なことよ! 意味が分からないわ!」

 ガシャリガシャリと大きな音を立てて揺れる鉄格子を見て、思っていた以上に彼女の身体に眠る力が強いことを知った。普段は力がないことを悔やんでいるような態度をしていたから、余計に意外である。

「あなたは、あの先輩に騙されているの」

「は……?」

 先輩の名を出した途端に、彼女は面白いくらいに身体を揺らして反応した。ああ、やはり彼女は騙されていることに気付いていないのだ。そう思うと、ひどく悲しくなる。

「先輩が、なんで私を騙すの?」

「なんでって、楓、あなたが美しいからよ」

「……」

「美しくて純粋なあなたは騙されて、穢されようとしている。そんなの、私が許すはずがないじゃない」

 そう言えば目の前の彼女は、ありえないとでも言いたげに口をぱくぱくと動かした。そこからなにかしらの言葉が出てくるのを待ったが、出てくるのは敵意をむき出しにした呼吸音だけ。よほど興奮しているのだろう。落ち着かせる目的で、冷蔵庫にあるペットボトルを取り出して彼女の鉄格子へと投げ入れた。

「飲んで? 大丈夫よ。なにも危ないものは入れていないから」

「全部、本気で言ってる?」

「私はいつだって本気よ。それに、起きたばかりだもの。落ち着くためにも、飲んだほうがいいわ。ああ、夕飯は私と一緒に食べたはずだけれど、もしもお腹がすいていたら言ってちょうだいね? 簡単なものなら、私でも作れるから」

「……狂ってる」

 彼女は私のほうではなく、転げたペットボトルのほうを見てごちた。

「ええ、そのくらい分かるわ。だからこの狂気がまだ、こんな程度で済んでいるうちに落ち着けてちょうだい? これ以上に狂ってしまったら、私自身があなたを穢してしまうかもしれないから」

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21時15分 城崎 @kaito8

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