暑がりなロボット

窓百 紅麦

第1話 名前はジー

ジーは、とても旧式のロボットだから、性能はかなり悪い。よってちょっとした簡単な作業しかできないし、言葉もあまり話せない。家事を頼んでも、きちんと終わらせたことがなく、すぐにサボって、ぬり絵や積み木遊びを始めてしまう。それを止めさせようとすると、駄々をこねる。まるで幼児の様だ。けれども顔は、決して幼児のように、かわいくない。鼻は円柱形の棒、目はガラス玉、口なんか穴が開いているだけの極めて雑な作りだ。


1年ほど前、公園で開催されていたフリーマーケットで、ジーはがらくたと一緒に並べられていた。僕は、素通りするつもりだった。だが出品者の老人に、声をかけられてしまったのだ。

「お兄さん! 安くしておくから、ちょっと見ていってよ。こいつ、かわいいだろ?」

その老人はそう言って、全身灰色の古いロボットを指さした。

「名前は、ジーと言う。爺さんが、ジーを売っているなんて、洒落が効いているだろ?」

全く買う気はなかったので、返事もろくにしないで、立ち去ろうとした。しかし気付けば、その老人にしっかり腕を掴まれてしまっていた。

「安くしておくから助けると思って、頼むから買ってよ。こいつが売れないと、俺は老人ホームに入れんのだ」

「そんなの、僕には関係ないですよ」

「そんな冷たいこと言うもんじゃないよ、ほらこいも、こんなにあんたの所に行きたがっているじゃないか」

ジーにまで、しがみつかれて、もう一歩も動けない状態になってしまった。

<こいつら、買うまではなさない気だ>

そう思った僕は、仕方なくジーを買ったのだった。だが気が付くと、いつの間にか僕はすっかりジーを好きになっていた。ジーはロボットのくせによくドジを踏む。買い物を頼んでも、たいていどこか壊れているか、全く別の物を買ってくることさえある。だが、なぜかその姿を見ていると、とても癒さるのだった。

 ある朝ジーは突然奇妙なことを言い出した。

「暑―い、暑い!」

実際その日はとても暑かったが、ロボットが暑さを感じるわけがない。僕はジーが故障したのかと思い、急いでロボットエンジニアの従兄のところへ連れて行った。彼はジーを一目見るなり、笑い出した。

「こんな骨董品、どこで見つけたの?」

「フリーマーケット」

「それなら仕方がないか。どうせリンゴ一個分ぐらいの値段で買ったのだろ?」

「まさか! もっとずっと高かったさ。 まつ、1箱分ってとこかな」

それを聞いた彼は、ジーの腹部にある金属板を外しながら大笑いした。

「何処も悪くない。たぶん何処かで聞いた言葉を、意味もわからないまま記憶してしまっただけだろう。なにせ、こんなポンコツだからな。ただ腹から奇妙なものが出てきたぞ」

彼から差し出されたのは、幼児が風呂場で遊ぶアヒルのオモチャだった。受け取ってよく見ると、底の部分に何か書いてあるのが分かった。

「何か、文字みたいだけど、薄くて読めないなあ」

僕がそう言うと、そばに立っていたジーが突然しゃべった。

「キョウジ」

「えっ、キョウジ?」

従兄が、最新型のロボットにそれを見せると、確かにキョウジと書いてあることが分かった。

「ジー、どうしてわかったんだ? お前、この子を知っているのか?」

何度も聞いたが、ジーは何も答えてはくれなかった。




 ジーは、僕の母にも気に入られていた。来るたびに、かわいいと言って頭を撫でる。僕は、母の作った野菜ジュースを飲みながら、その様子を見ているのが好きだ。それは22年前、僕が12歳の時に亡くなった、父の大好物でもあった。生前の父は、弁護士から議員になり、福祉向上のために寝る間も惜しんで働いていた。忙しすぎるため、あまり遊んでもらった記憶はないが、大勢の人たちが、父を褒めているのを、聞くことがうれしかったので、寂しなんて一度も感じたことは無かった。

「本当あなたは、お父さんそっくりね」

母は半分あきれたような顔で、僕を見た。

「やめろよ!」

照れながらも、僕はとてもうれしかった。

「暑―い、暑い」

積み木遊びをしていたジーが、突然そう言うのを聞いて、母は驚き、大爆笑した。

「ロボットのくせに、本当に変な子ねえ、ジーちゃんは」

「そうなんだ。こいつ、なんで、こんなことを言うようになったんだろう?」

「でも、この言い方、誰かに似てない? ほら、幼稚園の時よく遊んでいた、名前なんていったかなあー、そうだ、キョウジくん!」

まさか母の口から、その名前が出てくるとは思ってなかった僕は、思わず座っていたソファーから飛び上がった。

「母さん、知っているの? その子、誰なの?」

「えっ! 忘れてしまったの? あんなによく遊んでいたのに……。でも、まだ小さかったから、しょうがないか」

母は、僕が4歳のころ、キョウジという名の近所に住んでいた男の子と、毎日のように遊んでいたのだと話した。

「これ、ジーの腹から出てきたものだけど、その子のかなあ?」

僕はあのアヒルのおもちゃを、母に見せた。

「あっ、そう言えばキョウジくん、いつもこんなの持ってた。弟なんだって。確か名前は、ジーって言ったかな」

「ジーだって! こいつの名前と同じじゃないか!」

「あら! 本当だ。この子、キョウジくんと何か関係があるのかしら?」

「ねえ、そのキョウジくんて、どんな子だったの?」

「そうねえ……、もう随分前の事だから、私もあまり覚えていないけど、3人で金環日食を見た時のことは、今でもよく覚えてる」

2020年の夏、僕と母そしてキョウジの3人は、近くの公園でそれを見た。2人で、見晴らしのいい丘まで競争したのだと聞くと、キャッキャと笑う子供の声が頭の中に蘇ってきた。

「今、どうしているんだろう、その子?」

「えっ、それも忘れてしまったの? 確か、その3日後ぐらいに、キョウジくんいなくなったの。それはもう大騒ぎだったんだから」

キョウジは、近所に住む祖母の家に遊びに行く途中で、行方不明になっていた。そして彼は、今も見つかっていない。

僕が驚いて母の顔を見ると、背後から突然声がしてきた。

「暑―い、暑い」

隣の部屋で積み木遊びをしていたジーが、いつの間にか僕のすぐ後ろに立っていたのだ。

「思い出した! これって、金魚売をまねだった。『きんぎょ―え、きんぎょ』ってね。キョウジくん、おばあちゃん子だったから、よく一緒に時代劇見てるって言っていたから……」

 

僕は母が帰った後、キョウジが行方不明になった事件をネットで調べた。すると直ぐに、彼の両親が情報提供を求める、当時の動画見つかった。驚いたことに、その父親をよく見ると、ジーを僕に売りつけたあの老人だった。キョウジの父親が、僕にジーを売った理由を知りたくて、僕は彼を捜した。きっと何か訳があるに違いないと思ったので、そうせずには、いられなかった。

さんざんあちこち探し回って、1か月後、ついにあの老人に会う事が出来た。彼は路地裏で、中古品を売る小さな店を開いていた。僕を見る老人目は、初めて会った時とは別人のように険しかった。

「老人ホームには、まだ入っていなかったのですね。あなた、キョウジくんのお父さんだったんですね?」

「やっと、思い出したか。まあ無理もないか、お前、まだ小さかったもんな。たしかうちの息子と同じ4歳か……」

彼は悲しそうな顔で、深くため息をついた。

「今から、いいものをみせてやる」

彼がそう言うと、店の片隅に置いてあった機械から、光が出てきて、奥の壁に動画を映し出した。それには歩いていたキョウジが、走ってきた車にひかれたところと、その車から男が下りてきて、血だらけでぐったりしたキョウジを抱きかかえ、車に乗せる場面が映っていた。僕は振り向いたその男の顔を見て、驚きのあまり、一瞬記憶が飛んでしまった。

「誰だか、わかっただろ? そうだ、お前の父親だ。俺も、初めてこれを見た時は、驚いたよ。まさか、あんなに皆に尊敬されていた男が、こんな卑怯なことをするなんて……」

「こんなの嘘だ! 偽物に決まっている!」

「いいや、これは本物だ。知り合いの専門家に頼んで、調べてもらったから間違いない」

彼はそれを、一年前客から持ち込まれた、がらくたの中から、偶然見つけたのだった。

「あの客は、弟の遺品だって言っていたが、おそらくそいつは、これをネタにお前の父親を強請っていたんだろうな。だからあれだけ騒ぎになっても、名乗り出なかったんだ」

経っているのがやっとの僕に、老人はさらにとどめを刺した。

「こいつには、お前を殺すように命令してある」

それを聞いたジーは、僕に近づいてきた。僕は怯えて後ずさりしたが、彼は、そんな僕に抱き着いて言った。

「大好き、大好き」

するとその様子を見ていた老人の目から、涙があふれ出した。

「やっぱりそうだったのか……。俺は会うたびに、こいつにキョウジの話をしていた。そのせいで、こいつは、すっかりキョウジになってしまったんだ」

その話を聞いて、お使いを頼んでも、ジーがやたら長い時間帰ってこないことが、何回もあったことを思い出した。

「キョウジは、とっても優しい子だから、お友達に意地悪なんかできなかったんだな」

彼はそう言って、ジーの頭を撫でた。

辛くてたまらなくなった僕は、走って外に飛び出した。するとウインドウに、父親そっくりの自分が映っているのが見えて、吐きそうになってしまった。


 僕は、全てを捨てた。家も仕事も家族さえも。そして顔を変え、名前も変えた。だが、何をやっても、吐き気がおさまらない。いくら逃げても、身体の中からにじみ出る父親が、僕を苦しめ続けるのだ。

―了―

 

      


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