22.遺書
遺書はボールペンで書かれている様だった。震えた文字で綴られている。
全員で覗き込むには文字が小さいので、遺書を持っていたシシジョウが読み上げる事になった。
内容は、まずこの中学校の校長を八年前まで勤めていた事、次いで俺達が一年だった年に虐めがあった事を認める旨が書かれていた。担任が把握しており、何度も校長に相談したが見て見ぬふりをしろの一点張りであった事が書かれている。
「何とかしようとしていたから、担任は見逃されたのかな」
サノが呟いた。そうかもしれない。
「いえ、当時の担任の先生はもう亡くなっています。五年程前にご病気で……葬儀に参列したので確かです」
スドウが云う。
「病死?」
シシジョウが呟く様に云って眉を顰める。
中学一年の時の担任は、確か当時三十代半ばだった。五年前なら五十手前くらいだろうか。若い内に亡くなってしまった様だ。
「良いから、続き読めよ」
云ったササキをちらりと見てから、シシジョウは再び読み上げ始めた。
遺書の中で校長だった男は虐めを放置した事を詫びていた。所々濡れた痕があり文字が滲んでいる。後悔の涙か……それとも、これから死ぬ事に怯えていたのか。何となく、後者の様な気がした。
嫌なイメージが頭を過る。銃口を向けられ、机に向かって泣きながら懺悔を書く男。拳銃なのは、多分、キョウコが撃たれた所為だろう。もしかしたらナイフか何かかもしれない。男は命乞いをするが聞き入れられず、パイプ椅子に立ち、ロープで作られた輪に恐る恐る首を差し出す。このままではどちらにせよ死ぬ。怯えて、躊躇っていると、パイプ椅子を蹴り倒され……。
校長の机の上は埃塗れだったが、その埃は乱れていなかっただろうか。書いた痕が無かっただろうか。思い出せない。
「死んでお詫びします」
ありがちな言葉で遺書は終わっていた。
しん、と沈黙が降る。シシジョウは遺書を畳むとすっと音を立てて封筒に戻した。そんな小さな音がやけに大きく聞こえる。
「大した事は書いてなかったな」
脱出に関わる事などは確かに書いてなかったが、それは果たして大した事を書いていないと云えるのだろうか。シシジョウは遺書を何故か俺に押し付けると、生徒用玄関の方へと歩き出した。少しひしゃげた遺書を手に、皆とあとを追う。
陽はすっかり傾き、薄暗くなり始めていた。
生徒用玄関に立つ。漸くここから出られるのだと思うと、気が逸った。心臓が妙に大きく鼓動している気がする。
ドアはほぼガラスだった。斜め後ろから沈みかけた陽が僅かに射している。シシジョウはドアガラスに張り付く様にして外を見ている様だった。仕掛けが無いかを見ているのだろう。俺も気になって同じ様にした。……特に何も無い様に見える。他の何人かも同様にして、何も見付からなかったのだろう黙ってドアガラスを離れた。
シシジョウも気が済んだのか、鍵を挿し込む。捻るとがちゃりと音がして、鍵が引き抜かれた。ぎ、と音を立ててドアが僅かに動く。風が押した様だった。木々が揺れているのが見える。シシジョウによってドアが開け放たれた。
生徒用玄関は地面より少し高くなっており、数段の階段を下りた所に砂利が敷き詰められ、正面にグラウンドが見えた。確か左手に進むと校門があった筈だ。
階段の下に何かがばら撒かれている。
「俺の鞄!」
ササキが声を上げて、ドアを潜り一歩外へ出た。そうか、あれらは俺達の荷物か。見ればケータイや財布らしき物も幾つか落ちているし、ササキの云う通り鞄も何個か落ちている。
つられた様にアベ、ナカマも駆け出した。
最初に外に出たササキが突然転んだ。同時にぶつっと何かが切れる音がする。上から植木鉢が幾つか落ちて来て、派手な音を立てた。思わず顔を背ける。土煙が凄い。
「がっ」
誰かが声にならない悲鳴を上げた。多分ササキだ。音が落ち着いて、恐る恐る前を見る。三人が倒れていた。辺りには土と植木鉢の破片が散らばっている。
「嘘……」
タジマが呆然と声を零した。
「あたし達は"当てなかった"のに……!」
ワダがよろめきながら絞り出す様に云う。
シシジョウがゆっくりと三人に歩み寄り、呼吸を確認した。辺りには血溜まりが出来つつある。こちらを向いたシシジョウと目が合った。小さく左右に首が振られる。
タジマが顔を覆い、ワダが座り込んでそれぞれ泣き出した。
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