21.校長室
俺達は体育館を出て校長室へと向かった。陽の色がオレンジ味を帯びて来ていて、日暮れが近いのだと知れる。十七時を回ったくらいだろうか。西日が窓から斜めに射していた。
校長室の鍵をシシジョウが開け、ドアを開く。中はカーテンが閉められている様で暗く、開けたドアから入る光だけが頼りだった。不意に、シシジョウがドアを閉めてしまう。
「どうした」
ササキが問うと、シシジョウは難しい顔をしていた。
「見えなかったのか」
「何がだよ」
シシジョウは答えない。
皆暗かった所為と、後ろに居た連中は前の人間が邪魔なのとで、多分ろくに中が見えなかったと思う。俺はシシジョウの隣から室内を覗き込んでいたが、特におかしな物は見えなかった。ただ暗いと云う印象があっただけだ。家具の影が辛うじて見える程度に。
ササキが痺れを切らしてシシジョウを押し退けドアを開けようとする。職員室でキムラに同様にされた時は抵抗しなかったシシジョウが、今回は抵抗した。
「死体だ」
言葉少なにシシジョウは云う。
「シタイ?」
ササキが眉を顰める。そして握ったドアノブとシシジョウを交互に見た。
「ぶら下がっていた。首吊り死体だ。アンモニアの臭いもした」
すん、と嗅いでみる。良く分からなかった。
「何でアンモニアの臭いがすると首吊り死体なの」
アベが後ろから問うと、シシジョウは振り返った。
「首吊りに限らず死ぬと失禁する場合があるんだ。部屋の真ん中に寝袋みたいなのがぶら下がって見えて、アンモニア臭がしたら、普通、首吊り死体を疑うだろ」
それは果たして普通なのだろうか。今更だが、シシジョウはどう云う人間なのだろうと思う。
「じゃあ、あたし達以外にも誰か居たって事?」
サガノが驚いた様な声を上げる。
「廃校に忍び込んで勝手に死んだ……ってのは、考え難いよね。でも、最初の教室に居て、俺達が目を覚ます前に教室を出てたら撃たれてその場で死んでた筈だし……」
サノが顎に手を置き思案気に云った。
「校長室なんだから、校長なんじゃねーの」
ササキが云うと、シシジョウは頷いた。
「かもな。責任を取って自殺……させられたか」
「何にせよ、私は中に入りたくない」
ナカマが眉をハの字にして云う。
「私も出来れば遠慮したいな」
アベが続いた。スドウも言葉にはしないものの嫌そうに一歩下がる。
「中はそう広くないだろうから、少人数で良いだろう。嫌な奴は窓の外でも見てろ」
シシジョウが云うと、ナカマ、アベ、タジマ、スドウ、サガノ、サノが窓際に寄ってこちらに背を向けた。
「お前は良いのか」
ドアの側に立つワダにササキが訊く。ワダは嫌そうな顔をして見せた。
「そりゃ嫌だよ。あと、中を調べるのは足がこれだから無理。でも……誰か死んでるなら、それを見ずに済ますのは何か嫌だ」
シシジョウが、ドアノブを握るササキを見る。ササキは意を決してノブを捻りドアを開けた。
やはり中は暗い。ぱっと見て死体の存在には気付けない程だ。シシジョウは恒例となったドア周辺のチェックをし始める。俺、ササキ、ワダは、ドアの中へと目を凝らした。
確かに何かがぶら下がっている。大人大の何か。むわ、と、真夏の公衆トイレの様な臭いが薄らと漂って来た。思わず鼻を塞ぐ。
それは、こちらに背を向けたスーツ姿の男性だった。小太りで、頭部の寂しくなった男がぶら下がっている。足元には倒れたパイプ椅子。
ワダが、うっと声を漏らして口元を覆い、一歩二歩と後ろに下がった。
ササキも口元を覆って顔を顰めている。
「……嫌なら窓の外でも見てろ」
さっきと同じ様な台詞を云って、シシジョウが中へと入って行った。俺とササキは躊躇い、顔を見合わせ、頷き合うと意を決して校長室に足を踏み入れた。
死体をなるべく見ない様にしてまずはカーテンを開ける。途端に室内が明るくなり色々な物が見える様になった。嫌でも視界に入ろうとしてくる死体を無視して、俺達は室内を調べ始めた。
室内は案外がらんとしていた。不登校の友達が面接練習をするのに付き合った事があるから知っているが、確か中央辺りには応接セットがあった筈だったが、それは撤去されている。首吊りの邪魔になるからどこかにやったのか、それとも上等な物なのでどこかに持って行ったか。ただ校長の席はそのまま残っており、ちょっと高そうな机と椅子が埃を被っていた。壁際には棚も幾つか残っている。
「遺書?」
ササキが声を上げた。近付くと校長の机の上に白い真新しい封筒があった。
シシジョウも側に来て封筒を手に取る。開けると、中から一枚の紙と鍵が出て来た。紙だけを封筒に戻す。
「他には何も無さそうだ。出よう」
シシジョウに促されて俺達は校長室を出た。ばたん、とドアが閉められる。
「どうだった」
サガノが残っていた面子を代表して聞いて来る。シシジョウが手の中の鍵と遺書の字が書かれた封筒を掲げて見せた。タグには、生徒用玄関の文字。わっと歓声が上がる。
「遺書には、何て書かれていたんですか」
「それはこれからだ」
スドウの問いにシシジョウが答えながら、封筒の中の紙を取り出した。
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