19.体育館

 暫くして、シシジョウがそろそろ行こうと云い出した。

「日が暮れる前に帰りたいだろ」

 それは俺も思っていた事だ。皆もそう思ったのか、特に反対する者はおらず俺達は体育館へと向かった。

 鍵を開け、重い扉を開く。扉やその周辺に特に仕掛けは無く、全員で中に入った。

 まず目に入るのは、中央にぶら下がる長い紐だった。天井から吊り下げられている様だ。その先端には鍵がある。周囲に警戒しながらそれに近付いて見上げた。鍵と一緒に何かぶら下がっている様だ。釣りに使う錘に見える。一番背の高いササキが手を伸ばす。が、届かない。

「駄目だな。その長いやつの出番なんじゃね」

 ぴょん、と飛んでも届かないササキがシシジョウを振り返って云う。

「……何でわざわざ紐で吊るしてあると思う」

 皆がきょとんとした。

「どう云う事だ」

 代表して問い返すと、シシジョウは紐の先を見上げながら云った。

「高枝切狭。切って取れと云わんばかりの紐。鍵と一緒に錘。そして……高くて良く見えんが、天井に何か無いか」

 その言葉に全員が天井を見上げた。挟まって落ちて来なかったボールが幾つかあるのが目に入る。その中で、それは少し異質に見えた。何かがぶら下がっている?

「何だろう……ボールじゃないよね。金属?」

 アベが目を細めて云った。云われてみれば確かに金属質に光っている。

「ボウルじゃないかな。……ううん、それにしては大きい。盥?」

 タジマが云う。タライって、あのドリフターズのコントでお馴染みのアレか?

 シシジョウが高枝切狭を伸ばして紐に届くか確認する。紐の真下辺りに立って漸く届くくらいの様だ。

「切ったら、アレが引っ繰り返って何か落ちて来るんじゃないか。避ける暇があるかどうか……」

 眉を顰めたシシジョウの言葉にぞっとする。何か有毒な液体だとか、危険物が入っているのではないだろうか。もしかしたら盥その物が落ちて来るかもしれない。この高さだ、それだって危険だろう。

「体育館での虐めの内容は?」

 シシジョウが高枝切狭を元の長さに戻しながら問うてくる。

「……倉庫に閉じ込めた事ならある」

 サガノが奥の用具倉庫を見遣りながら答えた。

「あたし達は、わざとボールをぶつけた事があるよ」

 そう答えたのはワダだ。

「そうか。じゃあ盥の中身は大量のボールかもな。……鍵の前に体育館内を調べよう。倉庫には入らない方が良いだろうな」

 シシジョウの言葉に反対する者は居ない。みんな、彼を信用しているのだろうか。それとも疲れて考える事を放棄してしまったのか。俺は……多分両方。

 どう手分けするかを相談して、ワダが右の、サノが左の二階部分を、俺とシシジョウで教官室と音響室を、残った人間がその他の場所を調べる事になった。ちなみに二階部分は梯子で上がる様になっており、ぱっと見た感じ暗幕の様なカーテンとそれを開け閉めするためのスペースくらいしか無い。二階と云うのも憚られる様な場所だ。

 教官室には古びた雑誌や棚、机などが残されていた。初めて入る場所なので何だか変な感じがする。電子レンジまであって、寛ぎのスペースだっただろう事が窺えた。

 隅々まで調べたが、特に何も無かったので音響室に入った。機材は取り残されていた。何の為か分からないスイッチが沢山ある。……触らないでおこう。

 こちらもしっかり調べたが、特に何も見当たらなかった。

「鍵、どうやって取ったら良いと思う」

 シシジョウに訊いてみる。彼は音響室の窓から体育館内を見ながら首を傾げた。

「体育館の真ん中にあるから、二階からもここからも届かないしな。体育館の天井が高さ十メートルだとして、落下にかかる時間は二秒以下。となると逃げるのが間に合うかどうか」

「足が速い奴が切ればワンチャンあるって事か」

 云うと胡乱気な目を向けられた。何故だ。ワンチャンって言葉が駄目なのか。

「切った瞬間鋏を捨てて猛ダッシュすればあるいは……」

「中身がボールだとして、十メートルの高さから幾つも落ちて来たらどうなる」

 再び問うと、シシジョウは難しい顔をして腕を組んだ。

「一キロの鉄球だと確か一トンを超える衝撃になった筈だ。バスケットボールなら多分五百グラムくらい。……死ぬ可能性もあるかもしれないな」

 こう云う物は単純計算では無いだろうが、単純に半分にして五百キロの荷重になる。それより重いのか軽いのかは分からないが、確かに無事では済まなさそうな気がした。

「何とかならないか」

「……足が速い奴が切ればワンチャン?」

 巫山戯てるのか。

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