18.決意
「何だこりゃ……」
図書室はそれは酷い有様だった。あちこちに本が散らばっている。
「聞いてよ。本棚の周りに何か良く分かんない仕掛けがあったみたいで、調べてる最中にどっさどさ本が落ちて来るの!」
サガノが疲れた顔で云う。
「あたしなんて本の角が足に直撃。嫌になるね」
そう云ったのはワダだった。サガノだけじゃない、皆疲れた顔をしているし、髪が乱れている奴もいた。
「大変だったんだな……」
「まあね。そっちは……何それ、高枝切狭?」
タジマがシシジョウが持つ棒状のそれに気付く。
「ああ、向こうにあった。他に目ぼしい物は無かったよ」
シシジョウの代わりに答えて、散らかった図書室とみんなを見回す。
「こっちは何も無かったみたいだな」
「本に降られ損だよ、全く」
サガノが盛大な溜息を吐いた。
図書室組がかなり疲れた様子だったので、俺達は少し休憩してから体育館に向かう事にした。それぞれ適当な所に座り込み、水を飲んだり携帯食料を齧ったり、スドウなんかは本を手に取りぱらぱらと捲っている。シシジョウは高枝切狭を点検している様だった。
「それ、使えそうか」
俺には高枝切狭の使い方すら良く分からないが。
シシジョウはああ、と頷いた。
「これ、結構新しいな。多分スピーカーが置いておいたんだ。どこか……体育館ででも使うのかもしれない」
「そうか……体育館に玄関の鍵、あると良いんだけど」
「……そうだな」
ふとアベから腕時計を借りっぱなしだった事を思い出して返す。ついでに時間を確認すると、昼をとっくに過ぎている事が分かった。出来れば日が暮れる前に出たいものだ。
アベは受け取った腕時計を大事そうに撫でてから手首に着けた。
「これ、何年か前の誕生日にアカネがくれたやつなんだ」
俺に話しかけている様な、独り言の様な、どちらとも取れる調子でアベが云う。手首に着けた腕時計を抱き込む様に身を丸めた。
「……早く連れて帰ってやろうな」
「うん……」
濡れた声が返って来る。俺はそれ以上かける言葉が見付からず、そっとアベの側を離れた。
何となくじっとしていられず、書棚の前で本を眺めるスドウの元へ行く。
「何読んでるんだ」
背後から声をかけると、彼女はびくっと肩を揺らして振り返った。
「……三毛猫ホームズの文庫本があったんで。懐かしくて」
「ミステリー小説だっけ」
「はい。……中学の時、良く読んでいたんです。キムラとその取り巻き達が丁度この棚の前で屯する様になって、怖くて読めなくなっちゃったんですけど」
困った様に微笑してスドウは云う。
「取り巻き達って事は、ミヤジマ以外にも居たんだ」
ちらり、ミヤジマの方を見遣ると、スドウの視線も一瞬ミヤジマの方を向いた。
「ええ……確か、彼は小学生の時からキムラとつるんでたと思います。でも、その時はそんなに……不良って感じじゃなかったんですけど。中学に入ってから態度が怖くなって……何人かでつるんで睨みを利かせる様になったんです。中学を卒業する頃には、また二人になってたみたいですね」
「へえ……詳しいんだ」
「二人と同じ小学校だった友達が居たので……。本当なら、学区的に中学も別になる筈だったのに。生徒数が減ったとか、色々……理由があって同じ中学になってしまって。そうじゃなきゃ、ユリちゃん死ななくて済んだのかなって……思ってしまうんです」
スドウの声が潜める様に段々小さくなっていく。他の者に聞こえない様にと云う事だろう。特にミヤジマには、聞かせたくないと俺も思った。
「スドウは、カトウが自殺だったと思ってるの」
意を決して訊いてみる。スドウは困った顔で首を傾げた。
「分かりません……警察が事故と云ったなら、何か根拠があったんだと思います。遺書も無かったそうですし。でも……私は、衝動的な自殺だったんじゃないかと思うんです。そしてそれは、助けられなかった私の所為でもあるって……」
小さな声が震える。俺は慌てて、咄嗟に彼女の肩に手を置いた。
「それを云うなら、見て見ぬふりをした俺の所為でもある。って云うか、ここに居るシシジョウ以外みんな同罪みたいなもんだろ。一人で背負う必要無いよ」
「でも……っ! 私が、あなたやみんなの事をユリちゃんのお父さんに話した所為で、こんな事に……」
「それは……」
そうだった。
すっかり忘れていたが、虐めの事などをカトウの父に話したのはスドウだったのだ。それが無ければ、こんな惨劇起きなかった。……いや、本当にそうか?
「他の人が話していたかもしれない。父親は自力で調べたかもしれない。何より、そもそも俺達に罪があったんだ。スドウの所為じゃない」
これは俺の本心だった。他の奴がどう思っているかは知らないが、俺にはこれが、自業自得に思えたのだ。……死んだ彼らは、本当に殺される程の事をしたのだろうかと云う思いがありはしたが、カトウユリの死因が自殺だとしたら、仕方が無いと云う気もした。
「自分が無事だからそう思えるのかもしれないけど。でも、本当にそう思うよ」
そう云うと、スドウが濡れた目でじっと俺の目を見詰めて、それから緩く笑んだ。
「ありがとうございます……」
これ以上人死にを出してはいけない。スドウの為にも、……カトウユリの為にも。そう、強く思った。
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